2019グレイシア家のクリスマス
サンタなんていないし
「カルムにぃ、サンタはいないって本当?」
小学三年生の時、弟のガルレイドがそう言った。
なんでも
小学三年生といえば、ちょうどサンタが実在するかどうかについて真剣に悩み始めるお年頃。
弟のクラスメイト達も、ショックを受けて泣き出す子もいれば、やっぱりねと納得する子もいて、中には「そんなことないもん!」と怒り出す子もいたらしい。
当のガルレイドも疑問に思ったみたいで、おれにこんな質問をしてきた。
でもおれと弟は双子だから、その時おれも小学三年生だったんだ。その時にはもうサンタの正体を知っていたけど、もし知らなかったら?
クラスメイトの反応を見て何も思わなかったの?
おれは弟の配慮の無さに腹が立った。
だから意地悪を言ったんだ。
「サンタさんはいるよ。でも、その子の所には行かないんだね、だから両親が代わりにプレゼントを置いているんだよ……可哀想に」
後日、同じようなことを例のお友達に言ったガルレイドは、その子と喧嘩になったらしい。
そんな後日談を知った時、おれはバカだなぁとしか思わなかった。
おれ達は双子なんだけど、おれはそんなに弟が好きではなかった。
………………
…………
……
「Merry Christmas!」
控え目に鳴らされたクラッカーとともに、家族たちが声を揃えて言う。
今日は十二月二十五日。おれが高校一年生になった年のクリスマスだ。
六人掛けの大きなテーブルの上には数多な料理と豪華なケーキが、部屋の隅には輝くツリーとプレゼントボックスの山。映画やテレビなどでよく見る、ごく一般的なクリスマスの光景が我が家にも展開されていた。
「皆は今年もサンタさんからプレゼントを貰えたかい?」
ちょうどおれの真前に座った白衣の男ーー長兄のゼン・グレイシアがそう言った。
泥水のように苦いコーヒーに口をつける兄は、このパーティーのために急いで帰宅したのだろう。仕事着である白衣を脱いですらいない。
「ゼン。何がついてるかも分からない白衣を着たまま、食卓につかないの」
ふわりと長い金髪を揺らして、フクシア・エヴァンズがゼン兄の隣に座る。
去年結婚したゼン兄のお嫁さんで、食卓一杯の料理も彼女が作ってくれた。陽だまりのようで温かい人だ。
「すまないね、フクシア」
「はいはい。とりあえず脱いじゃおうね」
まだ新婚と言える二人は、余裕でおれ達の前でイチャラブを繰り広げてくれる。特に迷惑とも思わないからそれを眺めていると、左隣から声がした。
「あたしは唐辛子の食べ比べセット貰えたよ」
見ただけで目が痛くなりそうなほど真っ赤に染まった七面鳥の丸焼き。それを前に長女のエメ・グレイシアが舌舐めずりをする。
彼女はおれより三つ年上で、今年は大学一年生だ。
「俺はヘッドフォンが枕元に置いてあった。今年もいつ置いたか分からなかったな。来年こそは……あ、サンタっていつまで来てくれるの?」
そして右隣に座るのは双子の弟ーーガルレイド・グレイシア。六年前におれがついた些細な嘘で、いまだにサンタの存在を信じる愚弟。
「君達が子どもの内は毎年くるさ」
「じゃあ何歳から大人? オーバー
「年齢じゃないんだガルル。君達が俺の庇護下にいる間は、例え何歳だろうと子どもだよ」
「……分かった」
本当に理解しているのか怪しい弟の返事に、ゼン兄は苦笑を零した。
おれもエメもサンタの夢からとうに覚めているけれど、ガルレイドの為だけに家族ぐるみでサンタを演じている。
もう良い年だから本当の事を言っても良いと思うけど、バカみたいにおれの言う事を信じる弟が可笑しくて、嬉しそうにプレゼントを用意するゼン兄が愛おしくて、本当のことは言えないでいた。
「カルムは今食べている巣蜜を貰ったのかな?」
最後に呼ばれておれはコクリと頷いて見せる。
一塊ある巣蜜をスプーンで一匙すくってバケットに乗せる。あとはそれらを一緒に口に運べば……
「ああ、美味しそうで何よりだ」
うん。ほっぺが落ちそうな極上の味におれのテンションも急上昇。少しお高いだけあってやっぱり違う。
一日一匙が適量だけど、今日はクリスマスだからちょっと多く食べてもバチは当たらないよね?
そう思って、一口。もう一口、と巣蜜を掘り進めた。
「蜂の巣って食べれるんだ」
ポツリと呟かれた弟の言葉は黙殺する。
ゼン兄、エメ、おれ、ガルレイド、そしてフク姉を加えて今は五人。これがグレイシア家という家族の内訳。
父と母がいない、至って平和で少しおかしいおれの家族だ。
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