第5話
妊娠8ヶ月目、僕は先生呼ばれて病院を訪れていた。なんとなく嫌な予感がする。雨が降りそうな空を見て思う。
診察室に呼ばれ入ると先生の顔が暗いのがすぐわかった。
「妻に何かあったんですか...?
「...申し上げにくいのですが、奥様に常位胎盤早
期剥離の疑いがあります。」
「常位胎盤早期剥離...どういう病気なんですか?」
「本来分娩時に子宮の壁から剥がれて外に出るべき胎盤が、妊娠中や分娩前に剥がれてしまう事です。今はまだそこまでの症状は出ていませんが最悪の場合母子どちらかを失うかもしれません...」
こういう時、どうするのが正解なんだろう。もちろん悲しい。「なんで彼女が!」そう思う。だがそう叫べばいいのか、泣けばいいのか、今すぐ彼女のもとへ行って手を握ってやればいいのか、分からなかった。
「...妻はこの事は?」
「私の口から伝えてあります。本人が違和感を訴えどんな事があっても絶対に本当のことを伝えてほしいと言われましたので。」
彼女の方がよっぽど強いな...改めて思った。俺がバタバタするのはおかしい話か、
「先生。2人を頼みます。精一杯のサポートは私も
しますので...」
「はい、全力を尽くします。旦那様も奥様をしっ
かり支えてあげてください」
僕は診察室から出て彼女のもとへ向かった。
彼女と話したくなった。どうでもいい話を、いつもみたいに、面会時間が終わるまでずっと話した
「頑張るよ私...自分の為にもこの子の為にも」
僕の帰り際にそう言った。
「全力で支えるよ。2人の事。」
そう言って部屋から出た。
2日後の夜病院から電話があり急いで病院に向かった。体調が悪化し、母子ともに危険な状態なので
帝王切開をするとのことでした。病院に着くと手術は始まっており看護師に手術室の前で待つように言われた。時間がどんどん経つ。全く落ち着かない。何もできないのがとても苦しい。すると手術室のドアが開き先生が出てきた。
「先生!!彼女の容態は!」
「...正直良くありません。こんな質問したくない
ですが...奥様と赤ちゃんどちらを取ります
か...?」
頭が真っ白になった。ふらふらする。腹の中にあるもの全部ぶちまけてしまいそうなほどの吐き気も感じる。
「...彼女はなんて言ってましたか?」
「赤ちゃんの命を優先させろと...」
彼女の意思を取るか、僕の意思を取るか、こんな事考えたくなかった。でもいつも僕の意思を取ってくれた彼女がそう言うんだ
「...赤ちゃんを優先してあげてください。でも絶
対に彼女も救ってください。お願いします。」
「分かりました。必ず2人とも助けます。」
俺は頭を下げたまま動かなかった。動けなかった。どうしようもなくただ唇を噛み締めていた。
それから何時間か経った外から陽の光が入ってきていたその時赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
手術室のドアが開き看護師さんが赤ちゃんを見せる。
「元気な女の子ですよ。おめでとうございます。」
「ありがとうございます。ところで彼女は」
手術室から出てきた先生は泣いていた。
「申し訳ありません...彼女は救えませんでし
た。」
「...そうですか、あの彼女に会う事は出来ます
か?」
「はい、こちらにどうぞ」
手術室に入ると真ん中のベッドに彼女がいた。周りの先生や看護師さん達は暗い表情をしているにもかかわらず、彼女の顔は何にもなかったように目を閉じまさしく眠っているようだった。
「こんなに頑張って生きてきたのに本当に大切な
モノさえ失ってしまうんだね」
涙がずっと流れていた。彼女との思い出が一緒に流れていないか心配になるほどに。
僕は彼女に初めてキスをした。いつも彼女が嫌がってしたことのなかったキス。こんな形になるなんて思わなかった。
僕はそのまま気を失った。
〜6年後〜
僕は彼女の墓へ墓参りに来ていた。
昔みたいにたわいも無い話をしながら掃除をした。
「僕があの夜どんな気持ちだったか、「ありがと
う」や「さよなら」を言うのがどんなに辛かっ
たか...」
そう呟いていると遠くから「パパー」と呼ぶ声がする。バケツを両手に持ってこっちに来る小さい少女。あの時生まれた子もこんなに大きくなった。
「ほら、いのり、ママに挨拶して?」
「えーと、こんにちは」
そう言ってぺこりとお辞儀する。
可愛らしい、目が彼女そっくりだ。
「ねぇ、僕はさ、君を失って本当に辛かった。
なんで生きていたのか分からなかった僕に見え
た初めて光だった君がいなくなったんだから。
でも僕はさそれでも生まれてきて良かったと本
当にそう思うんだよ。これからは、いのりと2人
で楽しく過ごしていくから見守っててね。」
強い風が吹き1枚のしろい花びらが、いのりの頭に乗った。僕はそれを見て彼女が見ていてくれている気がした。
「じゃあまたね、百合」
妄想楽曲小説5 風のレッサー風太 @Futa1201
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