第4-1話 知の矢とマリンクリスタル

「おはようございます、死物屋の皆様方」

「どーも」


 オネストが警備という名の暇潰しに来店した。

 あの一件以来、オネストはほぼ毎日店のパトロールに来ている。


「いつもご苦労さん、クッキー食うか?」

「勤務中ではありますが、人の好意を拒否するワケにはいきません。喜んでいただきます」

「勤務中っつーかボランティアでしょ」

「ははは! 確かにその通り! 善行とはボランティアが基本ですしね!」


 ハッキリと笑うオネスト。

 オネストとは、この何日かでそれなりに仲良くなった。身の上話をする中で、俺がここで働くことになった経緯を話したのを境に俺を気に入ったらしい。

 オネスト曰く俺は護るべき弱者なんだそうだ。


 オネストはクッキーを口に頬張りすぐに飲み込むと、マリンクリスタルを磨いているアーミラを見る。

 アーミラの事が気になるのだろうか、たまに視線を送っている時がある。恋愛感情では無さそうだが。


「マリンクリスタルの事が気になるのか?」


 店長が言う。


「え? ああ、まぁ。お幾らですか?」

「1000万ゴールド」

「いっ、いっせんまん!?」


 オネストの腰が抜け、尻餅を付く。

 それを見たアーミラがオネストに駆け寄り、


「大丈夫ですか?」

「え、ええ。あまりに跳ね飛んだ金額だったもので」

「売るつもりはねーからな。看板商品って所だ」


 店長が自慢げに言うと、アーミラの顔が照れたのか赤くなる。

 しかし金額を聞いたオネストは、少し沈黙した。


「どうしたんすか、珍しく真剣な顔になって」

「実はマリンクリスタルを欲しがっている方が憲兵団にいまして」

「それは困ります!」


 アーミラが飛び出すように割り入って言う。


「心配いらねぇよ、現物買った方が安い」

「そんなぶっ飛んだ価格なんすか」

「そりゃアーミラちゃん以外に売るつもりはねぇからな」

「おお、それなら良かったです。この金額なら、ハリマ―団長も買う事はないでしょう」


 オネストが胸を撫でた。

 それを見てアーミラがオネストへ声をかける。


「オネストさん、ハリマ―団長とは誰なんですか?」

「知の矢の現リーダーです。事実上、今のトップですね」

「そんな方がこれを……」


 アーミラの表情が曇る。


「ははは、ご心配なく! 自分からもボッタクリのクソ店舗と伝えておきますので!」

「裏の人格出てますよオネストさん」

「おっと、失礼致しました」


 オネストの言動は普段は紳士的な言葉選びだが、自分が悪と判断した人間にはどこまでも暴力的である。

 本人曰く、暴力的な言葉が本来の自分の言葉使いらしい。憲兵団への入団を決意した際に、言葉使いを見直したとの事だ。


「では、私はこれで失礼致します」


 いち、にのリズムで礼をして店を出ていくオネスト。


「……クッキー食べたいだけなんじゃないすか?」

「そう言うな、腕の立つ警備が居るってだけで安心感が違うからな」

「悪い方には見えませんけど何かあったんですか? たまにオネストさんへ当たりが強いですよね」


 アーミラが僅かに眉を下げて言った。確かに俺はオネストへの当たりが強いかもしれない。出会いがあまり良い物では無かったとはいえ、オネストは基本的には善人だ。善への執着が異常な故歪んでいる部分もあるが。


「確かにそうかもっすね、今度から気を付けよ」

「私は別に良いと思うけどな」

「店長は誰に対しても当たり強いっすからね——いたい」


 ほらこの様に叩かれた。パワハラである。

 そして小時間が経過し、今度は本物の憲兵団が来店した。


「ほほほ、聞ぃきしに違わず辛気臭い場所でぇすねぇ」


 丸メガネをかけ、髭を直角に整えた痩せ形の男だった。年齢は中年、お世辞にも人が良さそうには見えないし、こちらを見下しているのだけはイヤというほど感じる。


「冷やかしなら帰ってくんな」


 店長が目を合わせず言うと、男は店長に近寄り品定めする様に体を見る。


「ほほほ、貴方が街で噂の死物狂でぇすか。威勢があってよ、ろ、し、い」


 言うと、男は店長に顔をグイッと近寄らせる。

 俺は拳を


「もぉちろん購入目的でぇすね。そうで無ければ入ろうとは思いませんとぉも。ほほほ」


 店長が冷たく男を睨んだ。

 アーミラは……まだ休憩中かバックヤードに居る様だ。

 男は店長から離れ、お辞儀をした。


「わぁたし、知の矢の団長を務めているオッドネス・ハリマーという者でぇす。ここにマリンクリタルがあると聞いたのでお伺いしました」


 こいつがオネストの言っていたハリマー団長か。確か、憲兵団に無理な遠征をさせているのもコイツだったか。

 店長は八重歯を見せてニヤリと笑い、マリンクリタルのショーケースを指差した。


「そこに飾ってあるぜ。買えるモンなら買ってみな」


 ハリマーは言われた通りの方角を向き。マリンクリタルを確認すると、顔を紅潮させて頬を綻ばせる。


「おお……! 間違いない、間違いなくこの死物は」


 ハリマーの眼には涙すら浮かんでいる。

 店長は咳払いをし、


「1000万ゴールド払えるなら売るぜ」


 ハリマーがギロリと店長を睨む。


「……法外な金額でぇすね」

「看板商品だからな」

「そぉうですか、なら仕方ない」


 悪態を吐くのかと思ったのだが、意外にも潔く引き下がるハリマー。その潔さが気にはなったが、特に何か俺が行動することはなかった。


「でぇは、また何処かでお会いしましょう——んーまっ」


 最後にマリンクリスタルへ投げキッスをすると、ハリマ―は店を後にした。


「気持ち悪ッ! なんだアイツ!」

「俺も流石に寒気がしましたね、アーミラさんが居なくて良かった」

「全くだぜ、おーいアーミラちゃん、塩取ってくれないか?」


 バックヤードへ向かう店長。一方の俺は、ショーケースの鍵を取り、マリンクリスタルの鍵を開けた。


——もしかしたらまたあの時の様に盗まれるかもしれない。


 俺はマリンクリタルの底に自分の髪の毛を呪文で張り付け、何気ない顔で戻って来た店長と塩を振った。

 テクスト、魔法レベル1で習得可能な微弱な吸着魔法だ。効果は俺なら最長で1週間、とりあえずの様子見である。

 

 それから数日、またまた憲兵団が来店した。


「盗難品があると聞いて伺った。——こちらにマリンクリスタルはあるか?」

「はぁ!?」


 店長の声を無視して、憲兵団が店内を散策し、数秒でマリンクリタルを見つける。


「間違いない、マリンクリスタルだ。こちらを押収させて頂く」

「まっ、待って下さい! これは母の形見で」

「届出が出ている。一旦は預からせて貰うぞ、鍵を開けてくれるか」

「そんな……」


 今にも泣き出しそうなアーミラ。


「そう簡単に渡せっかよ。これは紛れもなくこの子の母親の死物だ」

「死物狂、商いの管理をしているのは憲兵団だ。もし断るのであれば、営業を停止させることになるが」


 まだ何か言いたげな店長だったが、ガンと引き出しを引いて鍵を取り出し、ショーケースを開ける。


「すぐに返せよ!」

「盗難品でなければな」

 

 こうして、マリンクリタルは憲兵団の手に渡った。

 アーミラの噛み締める様な泣き声が、店内に響き渡る。



——マリンクリスタル奪還編、開幕。

 


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借金返済の為、死物屋にてバイトすることになりました 折内光哉 @setsunai_koya

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