第3-3話 感情と死物

「では少年が虚偽の発言をしていたことを認めたと」

「はい、今は休憩室で休んでいます」


 オネストが敬礼をして言う。


「時間を取らせて済まなかったな。もう帰って大丈夫だ」


 男はそう言うと、オネストに俺達を返すよう指示した。

 俺は少々気になることがあったので立ち止まり、尋ねる。 


「ドリトンさん、誰に殺されたんですかね」


 言い渋ると思ったのだが、男は簡単に口を開いた。


「アンバーさんには既に話したのだが、死物の発見場所が死捨て場しにすてばでな。最近ヒル・ファミリーが頻繁に立ち入っているという情報があり、現状ではヒルが関与していると疑っている」

「この町で死捨て場に行く奴は、そいつらくらいだもんな」


 死捨て場とは、冒険者の扉近くにあるクズアイテム捨て場だ。腐った食べ物や、使い物にならなくなった武器、力尽きた冒険者の死物など、この国で価値のないアイテムが積まれている。所謂ゴミの山だ。


「ドリトンもよくそこで目撃されていてな。君たちも心当たりがあるんじゃないか」

「持ち込みのアイテムは確かに死捨て場で拾ったような物が多かったな」


 店長が俺に同意を求めるように見てきたので、俺も頷く。


「そういえば店長カブトムシの臭いがしたって言ってたじゃないすか、あれずっと死捨て場にいたから臭いが移ったんですかね」

「言われたら確かに、そんな臭いだな」


 つまりドリトンは余程金に困っていたらしい。酒も飲めず、食物も食べれない、必死になって死捨て場で金になりそうなアイテムを探していたのだろう。

 そこでヒルとトラブルに発展した、のかもしれない。


「教えてくれてありがとうございます。見学も勉強になりました」

「いやいや、こちらも2人には迷惑をかけた。何かあったら私を頼るといい」


 それから、俺と店長は大門の前で別れた。店長の顔は相当にやつれており、精神的な疲弊が見てとれた。

 一方の俺は未だ頬に痛みが残っていたので、道具屋にて薬草を買い、傷口に揉み込みながら家へと帰る。

 その道中、少年の事を想った。父親が死んだ今、少年はどう生きて行くのだろうか。母親が居れば良いが、ドリトンの世間話で妻の話は一切出た覚えがない。居なければ、孤児院か。

 俺に養えるほどの収入があれば、1人暮らしとなった家の1室を貸せはするのだが。いや、それはお節介が過ぎるか。

 余った薬草をしまったのを皮切りに、俺はそれ以上の思考を止めた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「おほっん、では今日の講義を始める!」

「はい!」「はーい」


 翌日のバイト中、いつも通り客が居ないので、俺とアーミラは店長、師匠から死物の知識を教えて貰っていた。

 今日はメモ用のパピルス紙も持参している。偉い。


「人が死物に変わる時、死物はランダムに決定されるか。どう思う弟子諸君」


 俺より先にアーミラが答える。


「私はランダムじゃなくて、その人の人生を象徴する様なアイテムに変わると思います」

「なるほど、マキナは?」


 俺は頭を掻く。


「うーん、俺は死ぬ間際の感情が決め手になるんじゃないのかなぁって」


 母親の死物、世界樹の果実は瀕死の人間をも回復させるアイテムで、呪いや状態異常も解除すると後に調べてわかった。

 俺は勝手に、母親が俺を救いたいという想いで世界樹の果実を残したのだと思っている。


「さすが私の弟子! 2人とも正解だ。死物は決して無作為に現れない」


 俺とアーミラの頭をわしゃわしゃと撫でる店長。


「詳しく説明すると、死ぬ直前に強い感情を抱いた人間はその感情が反映されたアイテムを残す。そうでない人間は、そいつの人生を象徴したアイテムを残す」


 アーミラがばばっとメモを取る。俺も続いてメモを残した。


「じゃあ危険な死物は、それなりの恨みとかの悪感情を抱いて死んだことになるんすか」

「あとは悪人とかな。シリアルキラーの死物はエグい武器だったって聞くぜ」


  ガチャリ。

  扉が開いたので講義は中断され、アーミラが正しく礼をする。


「いらっしゃいませ!」

「はい、丁寧にありがとうございます」


 それに対し礼を返す青年。オネストである。後ろに誰か隠れており、体を傾けると昨日の少年だった。


「いらっしゃい。今回は客だろうな」

「いえ残念ながら。こちらの少年が偽りの正義を謝罪したいとのことでしたので」


 オネストが少年の肩をポンと叩く。

 少年は顔を伏せたまま前に出ると、頭を下げた。


「嘘を付いてすいませんでした」


 俺は子供の相手が苦手だ。店長を横目で見ると、


「犯人を見たワケじゃないんだろ? なら親父から恨みつらみを聞かされてたら疑うのもしょうがないさ」

「見たんだ、犯人みたいな奴は」


 少年が言うと、オネストが口を開く。


「あの後、大鎌を背負った人間を死捨て場で見たと言っていました。他の冒険者の証言からも、彼が真の悪であることは間違いありません」


 大鎌の男、心当たりがあった。俺の母親を殺した、ガレンの上司。まだこの町にいたのか。


「行方はわかってるんすか」

「捜査にあたれる人間が居ないんですよ。なので自分が探そうと思っています」

「そいつヒルの1人っす。間違いない」


 オネストは「やはり」と呟き、


「その線で自分も捜査をする予定です。時間はかかるでしょうが、必ず悪を滅します」


 頼りになるかは不明だが、行動力だけはある人間だ。いずれ尻尾を掴んでくれるだろう。

 用事を終え帰ろうとする際に、店長が少年を呼び止める。


「なぁ、父親の死物、教えてくれないか」

「リングみたいな、名前はわかんない」


 店長がオネストを見る。オネストは意図を汲み、


「知識のリングですね」

「どういうアイテムなんですか?」


 アーミラが店長に小声で尋ねた。


「少しだけ頭の良くなるアイテムだな。これを装備して勉強をすれば劇的ってホドじゃないが忘れ難いらしい」


 店長はアーミラに説明を終えると、再び少年に向き直り、腰を降ろして視線を少年に合わせる。


「あんたの親父は、最後までお前の事を思って死んだんだ。大切に使ってやりな」


 店長が優しく頭を撫でる。

 

「なるほど、確かにドリトンさんの性格ならお酒とかに変わりそうっすね」

「死ぬ間際にお前の将来を気にしたんだ。だから少しでも楽に生きて行けるよう、このアイテムを残した」


 少年の拳は揺れていた。


「俺、とーちゃんの事大嫌いだった。俺が溜めたゴールドをすぐ酒に変えるし、とーちゃんの事で他のヤツには馬鹿にされるし。でも、俺が1人の時はいつも一緒に遊んでくれた」


 少年が顔を上げる。


「自分の事しか考えてないダメ人間だと思ってたけど、俺のこと、ちゃんと考えてくれてたのかな」

「ああ、間違いない。強い感情があれば、その想いが影響した死物になる。お前の親父は立派なヤツだよ」


 俺はドリトンの事を深くは知らない。少なくとも店では厄介な客で、善人とも思えなかった。けどどこかのドリトンは善人な姿もあって、この少年を笑顔にしている事もあったのだろう。


「俺、知識のリング使って勉強する。いい学生ギルドに入って、とーちゃんがこのアイテムを残して良かったって思えるよう、頑張るよ」

「ああ!」


 店長は少年の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「住む場所はあるのか? 1人で不安じゃないか?」


 ん、このパターンは。


「店長、流石にこの年の子供を雇うのは」

「うるさい」


 怒られた。黙る。

 俺が口を閉じると、すぐにオネストが喋り始めた。


「この子は自分の家でしばらく預かることになりました。弱者を見捨てるなどあってはなりませんからね」

「はぁ? ちゃんと教育できんだろうな?」


 店長が詰め寄る。


「ご心配なく、自分以外にも住んでいる人間はいますので。親の様な存在もいますし、問題はありません」


 これを聞いてしばらく店長は唸る様に考え込んでいたが、少年がそれを止めた。


「大丈夫、泊まったけど凄く優しい人達だったから」

「本人がそう言うなら、私が止める理由は無いか。頼んだよ、えっと」

「オネストです。オネスト・ハリス」


 紳士の様におじぎをするオネスト。立ち振る舞いや言葉使いは丁寧なのだが、どうしてああ凶暴になるのだろうか。

 オネストは顔を上げて、


「では! これから定期的にトロールしに来ますので!」

「はぁ? なんでだよ」

「ここにヒルが来るかもしれませんし、死物の盗難はまともに憲兵団では取り合ってくれないでしょう? ですのでフリーの正義である自分が、ここの警備をさせて頂きます」


 言っている最中、オネストが一瞬アーミラを見た。

 

「まぁ、私も警備には困ってたからありがたいけど……」


 店長が俺を嫌らしく見てきたので目を反らした。


「ではそういう事で、またお会いしましょう!」

 

 少年にコハクッキーの小袋をプレゼントして、2人を見送った。

 とりあえず、一件落着の様だ。


「じゃあ俺店内のメンテしてくるんで」

「おう、手抜くなよ!」

「私も掃除してきます」

「ああ、怪我しないようにな」


 ……。

 扱いが違う気がする。


 数日後、この対応の差が大事件に繋がることになるとは。

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