第3-2話 レジスト憲兵団

 レジスト憲兵団は、レジストの中心に拠点を構えている。3本の矢を交差させたマークが大きな砦となった拠点の大門に記されており、この町ではこのマークが権威の象徴でもあった。


 オネストと男に連れられその門を潜ると、甲冑を纏った2人が対に立っており機械の様な動きで俺達へ礼をする。


「俺なんか緊張してきました」

「自分もです。この門を潜ることが出来るのは本来憲兵団だけですからね」


 オネストがレザーベストを正す仕草をして言う。いや、お前に話しかけたワケじゃないんだが。

 店長を見るが、どうやら俺の小言すら聞こえていないらしい。余程緊張している様だ。


 それにしても、今日はアーミラがシフトに入っていなくて良かった。新しい生活環境になって間もないのに殺人者として疑われるのは可哀そうだ。


「では、ここで事情聴取をさせて貰う」


 男は1棟の石造の砦で止まった。


「1人ずつ聴取をしていく……まずはコハク・アンバーさんから」

「あ、ああ」


 片側の手足を同時に前へ出す店長。ガチガチである。

 

「ええと、マキナ・マフティー君はここで待機していてくれ。かなりの時間待つだろうが、承諾頂けるだろうか」

「勉強用具も持ってきていないですからね、何かしら時間を潰せれば良いんですけど。あ、レジスト憲兵団の見学とか出来たりしますか?」

「何を言っているんです! 殺人犯が敵の情報を探るなど誰が許すと言うのですか」


 オネストが割って入る。


「参考人だと言ってるであろうが! 少なくとも今は客人、罪が確定していない人間を罪人扱いするなと何度も……はぁ」


 男は溜め息を吐くと、腕に身に着けていた深緑の宝石ががはめ込まれたリングを外し、俺に手渡してくる。


「これを身に着けて拳を握ると、この問題児の行動を制限する事が出来る」


 俺が言われるがまま身に着けると、オネストが明らかに俺への警戒を強めた。

 握ろうとする。


「やめなさい、ね? まだ話し合いの余地はあるハズですよ」


 俺はオネストを無視して、男に尋ねた。


「なんでこれ渡してきたんですか?」

「無論、憲兵団の見学の為だ。1人でも憲兵が付いていないとまず警戒されるからな。こやつは憲兵団では無いが、ちょっとした有名人でここに居ても不思議はない人間だ。オネストを同行させて見学してくるといい、案内役が居た方が都合も良いだろう?」

「隊長のご命令であれば」

 

 俺はこいつと一緒に居たくは無いのだが。

 余程嫌な顔をしていたのだろう、男が苦笑した。


「悪いが、少々憲兵団もゴタゴタしていてな。近隣の町に多くの憲兵団へ派遣している状態で代わりが居ないのだよ」

「そうなんですか?」


 オネストが尋ねる。


「でなければお前の様な問題児を向かわせたりはせん」


 男は最後に「オネストを頼むぞ」と言って店長と砦の中に入って行く。

 オネストはワザとらしく咳をし、


「ではマキナ君、隊長の命令で仕方なくレジスト憲兵団を案内させて頂きます。何か不審な動きをした際は、理由を聞いた後制裁しますので」

「はいはい」


 俺はオネストを無視して、憲兵団の施設の散策を始めた。こんな機会は滅多に無い。


「では、マキナ君の為に我らがレジスト憲兵団の説明をしていきますよ、よく聞いておくように」


 まず俺は訓練所を見に行くことにした。もしかしたら知り合いがいるかもしれない。


「レジスト憲兵団は総勢253名からなるアリュミオーレを代表する憲兵団です。候補生を含めると500人以上はいるでしょう。年に1度の入団試験に合格した人間のみが候補生へ。更にそこで上位の成績を収めた者、町の治安に貢献した人間だけが正規のメンバーとして認められます」


 訓練所らしき場所へ行ったみたが、残念ながら訓練中では無いようだ。人気も無いし、多くが外出中なのだろう。


「現在はヒル・ファミリー撲滅に力を入れているようです。他の街への遠征もそれが理由でしょう。候補生を大量に正規登用するという噂もありますし、内政は少しばかり荒れているようですね。レジスト憲兵団が抱えている問題も解決できていませんし」

「憲兵団が抱えている問題?」


 オネストの話を無視して移動していたのだが、少し興味が湧く言葉が聞こえたので立ち止まり、質問をする。

 オネストは髪を掻き上げ、


「憲兵団には3つの勢力が存在します。力の矢、守りの矢、知の矢。外からの脅威を潰すのが力の矢の役割で、守りの矢は内部の統制。最後の知の矢は、レジスト憲兵団が行うべき行動を指示する司令塔の様な役割を持っています」

「3つの組織で構成されてるっていうことですか」

「レジスト憲兵団はあくまで1つの組織ですが、今はそう考えても良いかもしれませんね。数年前まではこれらの勢力はバランスよく力を持っていたのですが、今はこの均衡が崩れてしまっているようです。守りの矢の多くが遠征に言っているのもこれが理由でしょう。最も弱者にとって身近なパトロールの人間も少ないですし、やれやれ」


 オネストが溜め息を吐く。

 街の警備の薄さは俺も心当たりがあった。ガレン達がこの町に簡単に来られたのも、俺が見つからずに死物屋へ侵入できたのも、守りの矢の人員が少なかったのが理由だったのかもしれない。

 そう思うと、憲兵団の問題が他人事ではいられない気持ちになる。


「知の矢の勢力が他より上回って、今までは断っていた命令も聞かなければならなくなったっていう所すかね」

「その通りです。殺人犯にしては理解が早い。なぜ殺す前にその理解力を……いや待てよ、もしかしてマキナ君、君は実は犯人じゃないのかい!?」


 オネストが語尾を上げて言う。あまりにも唐突に、ようやく理解した様だ。


「何度もそう言ってるじゃないすか。オネストさん、あんた物事を決め付けるの早すぎますよ」

「っぐ、それはよく言われる……はやとちりが多すぎると友にも注意されていました。悪か判断する前に本人へ尋ねる様にしてはいるのですが」


 そう言えばこの男、リンゴの芯をポイ捨てした人間にも投げ捨てた理由を聞いていた。俺達が犯人だと既に決めつけてしまっていた理由は、あの逮捕状から来たものだろうか。

 いずれにせよ、問題児である。到底憲兵団に入れるような性格の持ち主では無い。


「とんだ勘違いをしてしまっていた様ですね、申し訳ございません!」


 オネストはすっかり俺への警戒を解いた様で、礼儀正しく、深く礼をする。

 自分で決め付けて、自分で勝手に考えを改めたオネストを見て、俺はどっと疲れが湧いた。


「誤解が解けたのは何よりですけど、あんたの隊長も散々言ってたじゃないっすか、犯人じゃないって」

「悪い癖なのですが、自分で決めた物事は他人から何と言われても変えられないのです。自分で気付かないとどんな間違いもそれが正解だと思い続けてしまうのですよ」


 憲兵団というより、組織に向いていないような気もするが、それを諭すのは俺の役目では無い。

 俺は少し呆れの混じった愛想笑いをして、再び歩を進めようとした。


「お、おい殺人者!」


 甲高い子供の声が聞こえ、声の方を向くとそこには俺を指さす、小さな少年と憲兵が居た。


「何!? やっぱりマキナ君は殺人者だったのかい!?」

「なワケないでしょ! 子供の妄言っすよ!」


 俺が再び勘違いをされぬようオネストを説得するさなか、憲兵が近付いてくる。


「もしかして、死物屋の店員か?」

「そうです。事情聴取まで見学してても良いって言われたので」

「その見張りにオネストか、こりゃ人手不足も本格化してきたなぁ」


 憲兵は頭を抱える仕草をして笑う。

 俺はコホンを咳払いをし、俺を殺人者と呼んだ子供の正体を尋ねる。 


「その子は?」

「ああ、この子供はドリトンの息子さ」

「ふん!」


 子供は俺と目が合うとそっぽを向いた。


「死物屋が親父を殺したと証言したのもこの子供だよ。発見された場所や、他住民の証言からも、君たちへの疑いがあってな……」


 憲兵は俺に近寄り、子供に聞こえない声量で言う。


「実はもう既に君たち以外の容疑者はいるんだが、あの子が死物屋が犯人だと言って聞かなくてね。君たちのアリバイを確認して、納得させたいんだ」


 俺は小さく数回頷いた。どうやらあの子供、俺達へ恨みがあるらしい。

 しかし、子供と話すのは苦手だ。怨恨の理由を尋ねるのも、誤解を解くのも俺では難しそうだ。店長にあとで言っておくか?


「なあ坊や、なぜマキナ君を犯人だと思うのですか?」


 俺の思案をよそに、堂々と子供に話しかけるオネスト。行動力だけはある。

 子供は歯を噛みしめ、


「とーちゃんいっつも言ってた、アイツ等が買ってくれないから、ご飯を食べるお金も無いって!」


 酒を買う金はあったようだがな。

 しかし、腐ってもドリトンはこの子供の父親だ。ドリトンの言葉を信じるなというのは難しい。


「ちゃんとした死物なら買取ってるよ、君のお父さんが持って来てたのは死物じゃなかったから値段が付かなかったんだ」


 厳密には、死物であっても断ったアイテムはあった。単純に売り物にならない状態や、レア度が低すぎるアイテムは死物であっても値段を付けていない。中古屋と同じだ。


「嘘だ!」


 オネストの様に自分の考えを曲げようとしない子供。

 俺がどうしようか決めあぐねていると、オネストが子供の肩を叩き、


「君が思う正義を貫き通せばいい」

「え?」


 子供がキョトンと目を開く。


「正義とは己の心に存在する物です。レジスト憲兵団は正義の象徴ですが、真の正義は自分の心の中にしか存在しない。さぁ、あなたの悪を滅すのです!」


 振り返り俺へ向き直るオネスト。


「何言ってんすかアンタ」

「この子が納得するにはこれしか無いのですよ」


 子供は少しの間呆気に取られていたが、次第に拳に力を込めているのがわかった。


「う、うわああああああ」


 声を上げて俺へ突撃する子供。

 子供と言えど本気の殴打はそれなりに痛むだろう。俺の戦闘レベルは4である。少しの喧嘩ならできる程度だ。しかし、素人の戦いでは戦闘レベルはそこまで重要ではない。筋力や柔軟性が無ければ何も意味を成さないからだ。

 もちろん、俺はそれらを持ち合わせていない。


 さて。


 俺は固く目を閉じ、子供の殴打を甘んじて受けた。

 思いの外痛みは軽度だったが、殴られた後で見た子供の泣き顔が妙に心に残った。

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