第3-1話 ドリトン殺人事件

 死物屋は基本的に暇である。たまに冒険者が大量に死物を持ち込みにくる時が忙しいくらいで、普段は外掃除を鼻歌混じりにする余裕っぷりだ。このように。


「~~♪」


 奇異の目で見てくる通行人。気にはしないが、そろそろ俺が死物屋のアルバイトであることが街の噂になり始めたのだろう。


 ガスッ。


 音がした方向を向くと、リンゴの芯が転がり落ちていた。通行人がポイ捨てしたのは間違いないだろう。おいと言って投げつける様な度胸も無いので、舌打ちをして拾おうとする。


「失礼します」


 俺が拾うより先に、レザーベストを身に着けた青年がリンゴの芯を手にした。礼を言おうとしたが、青年はすぐに立ち上がり通行人へ声をかける。


「これ、投げましたよね」

「あ? ああ、それがどうした?」

「どうして投げ捨てたんですか? 何か理由がおありで?」


 青年は笑顔を絶やさず尋ねていた。通行人はははっと笑うと、


「死物屋にゴミを捨てて何が悪い? もともとゴミの掃き溜めの様な場所だろ」

「では、あなたは悪意を持ってこれを捨てたと」

「おう」


 通行人が去ろうとした、その時。


「テメーをぶっ飛ばす!!」


 青年が突如覇気を込めた言葉を放つと、通行人を片手でヒョイと高く放り投げた。


「え?」「え?」


 通行人と俺の声が被る。なぜいきなりこの青年はブチ切れたのだ。

 青年は腕に力を込めながら言う、


「待て待て待て、冷静になれ自分。悪ではあるが制裁を加える必要はないんじゃないか。悪は絶対に滅すべきだがこれで暴力を振うのはあまりにも独善すぎやしないか」


 青年が呟いている最中に、ドスンと男は落下していた。

 俺は通行人に近寄り、声をかける。


「大丈夫ですか」

「ひ、ひい」


 俺にまでビビる必要はないだろう。

 通行人は腰を労わりながら、脱兎の如く消えて行った。

 青年の方を見る。


「よし一発だけだ、一発だけ制裁を加えるだけでヨシとしよう。改心の余地はあるハズだ」

「あの、もう居なくなりましたよ」


 青年は目を見開き、


「なにぃ!? これじゃあ善を全う出来ないじゃないか! 悪をみすみす逃がすとは!」

「いや、結構ビビってたんで反省してると思いますよ。去り際リンゴの芯持って行きましたし」

「おお! それは良かった! あの人も話せばわかるんですね」


 話の要素あったか? 今。

 青年はゴホンと咳払いをし、


「所で君は、この死物屋で働いている方ですか?」

「はい、バイトですけど」

「そうですか、それでは貴方を逮捕します。店長も逮捕するので呼んで頂けますか?」


 何を言っているんだこいつは。

 全力で断りたいが、この青年の戦闘能力は先ほどで理解した。俺じゃ勝てない。店長に助けを呼ぶか? まず、男を観察する。


 鍛えられた肉体にそれなりの高身長、180は超えているだろう。掻き上げた様なワイドルドな金髪に、傷の目立つレザーベスト。笑顔だけ見れば爽やかな好青年だが、性格は奇人変人の類であることは間違いない。

 腰のバッグには包められた羊皮紙が入っており、目を凝らしてみてみると、確かに俺達への逮捕状らしき文章が書かれている。憲兵団のマークである3つ矢が交差した紋章もあった。

 ……ヘンに抗うと面倒になりそうだ。すでになっている気もするが。


「わかりました、とりあえず店長を呼んできます」

「ありがとうございます、ここで待っていますので」


 店に入ると、店長がマリンクリスタルを丁寧に磨いている。

 俺が戻った事にも気付いていない様子だ。店長はメンテ中なかなか物事に気付かない。


「店長、なんか俺達逮捕だって」

「ふーん、逮捕かー。……って、はぁ!? 何言ってんだいきなり」


 店長は立ち上がりこちらに近寄る。


「あの人が言って来たんすよ、俺と店長を逮捕するって」


 店長が青年の方を向くと、ニッコリと爽やかな笑みを浮かべた。


「悪いヤツじゃ、なさそうだな」

「それはどうすかね、滅茶苦茶危ないヤツだと思いますけど」

「とりあえず話だけは聞いてみるか」


 店長が外に出たので、俺も続く。

 

「お忙しい所申し訳ございません。お二人に逮捕状が出ていまして」

「全く心当たりが無いんだが、逮捕状を見せてくれないか」


 青年は「もちろん」と言って腰の羊皮紙を店長に手渡す。

 しばらく店長は黙読し、


「確かに、死物屋に対する逮捕状だな。しかも、殺人の」

「さ、殺人!?」


 たまらず声を上げる。


「そんな覚えないっすよ!」

「もちろん私もだ。これに応えるワケにはいかねぇ」


 店長は青年に逮捕状を付き返した。

 青年は笑顔を固まらせたまま、


「つまり、正義の象徴である憲兵団の意思に逆らうということでしょうか?」

「そうだ」

「何か理由がおありで?」


 嫌な予感がする。俺は一歩後ずさる。


「理由なんて決まってるだろ、私たちは人殺しなんかしてねぇ」

「憲兵団の意思を否定する、という事ですね。なら――力づくでテメーらを連行するッ!」

「店長危ない!」


 青年が思い切りの良いストレートを店長目掛けて行った。間一髪で避ける店長。命中していれば無事では済まなかっただろう。やはりこいつは危険だ。


「てめぇ、やる気か――アネモイの暴祭ぼうさい!」


 店長の八重歯が光る。瞬間、店長の周囲に幾本かの木枯らしが発生し、青年へ向かって進行を始めた。

 葉が吸い込まれたかと思うと、一瞬で粉々になるのが視えた。


「俺は正義を貫き倒す! レジスト憲兵団は正義の象徴! それを否定する事は許さねぇんだよ!」


 青年がその場で力強く地面を踏む。大地が振動し、足の周囲がヒビ割れ、衝撃派が発生する。俺はたまらず腕で顔を覆った。

 店長は木枯らしを盾にしており、全く動じる気配は無い。少し、カッコいい。

 青年が腕を捲る。


「一発で力量を思い知らせる!」


 青年の腕は鱗で覆われていた。何かの呪いか? 思考する暇は無かった。


「それは私のセリフだよ」


 店長が一斉に木枯らしを加速させる。それに対し雄叫びを上げて突進する青年。


滅竜砕ドラグニカ!」


 青年の拳が赤黒い炎を纏い、木枯らしに触れる。青年の拳は風の刃をものともせず直進し、そして――。


「コラァ! 何をしとるかぁ!」


 少し離れた場所で怒声が聞こえたかと思うと、青年が悲鳴を上げた。


「ぐおお、いってぇ」

 

 その場に座り込む青年。これを見て店長は終戦と判断したのか、木枯らしを解放させて魔法を解く。

 俺と店長が悶える青年を放って声の方角を向くと、憲兵団の甲冑を装備した男がこちらへ走り寄って来ているのが見えた。


「申し訳ないっ! 私たちの使いがとんだご迷惑を」


 男はは俺達に数度頭を下げると、青年をボコッと殴る。

 青年は突如の苦痛に悶えたままだ。


「どうしてもと言うから一人で行かせたが、やはりお前は信用できん! こらオネスト、早く謝らんか!」

「でっ、でもこの二人は憲兵団の意思に背い……イタタタタ! 謝ります! 謝りますから!」


 男が拳を握る度に、オネストと呼ばれた青年が悶え苦しんでいる様にも見えたが、断定はできなかった。男が拳を解くと、やはり青年の苦痛の声が和らぐ。


「ほら! さっさと謝罪せんか!」

「も、申し訳ありませんでしたぁっ!」

 

 青年が直角に腰を曲げる。

 俺と店長は顔を見合わせ、


「謝罪されてもなぁ」

「はい、何が何だかわからないっす」


 聞いた男は「やれやれ」と溜め息を吐き、


「その様子だとまともな説明は貰っていないようだな」

「ああ、断ったらいきなり攻撃してきた」


 店長の言葉を聞いて、男が再びオネストを殴る。


「私から説明しよう。先日、ある男が死亡しているのが発見されてな。幾つかの証言からアナタ方が参考人として絞られたんだ」

「それで私達から聞き取り調査をしたいと」

「ああ、休業の必要があるだろうと思ったので逮捕状を作成したのだが、余計な警戒を抱かせてしまったようだな。逮捕状以外にも参考人を呼び出せる書類を作る必要があるかもしれんな、ふむ」


 確かに逮捕状だといきなり逮捕されてしまう気がするな。ん、


「そもそもこの人俺達を逮捕しますって言ってましたよ」

「……オネスト」

 

 男が睨むと青年、オネストは「はい」と弱弱しく返事をする。


「しばらく正規加入は見送らせて貰う」

「そんな! あんまりです!」


 オネストが男にすり寄ったが、男は無視して俺達に語りかけた。


「同行頂けないだろうか、情報提供の協力を願いたい」


 店長は軽く頷き、


「そういう事なら了解だよ。憲兵団にはなるべく嫌われたくないしね。で、誰が死んだんだ?」


 店長の問いに、男は声を潜ませて言った。


「――ドリトン・ベンジャー、先日死物となった姿を息子が発見した」


 

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