第2-5話 犯人逮捕

 男はそれらを見下すと唾を吐き捨てた。

 忌々しい、死して尚この世に存在しているとは。

 男は恨んでいた人間を殺しても、なおその怨恨を死物へと向けていた。

 

 男が再び死物と対面したのは偶然だった。

 当初の予定では殺害した後、死物も処理する予定だったのが邪魔が入ったのだ。

 男が殺したのはレジストの裏の世界を取り仕切っているヒルファミリーの部下で、部下とその取り巻きを男は殺害した。

 息子夫婦を絶望へと追いやった、恨みからである。


 こいつらを殺してもいずれはヒルが復讐をしに来ると男も理解していた。しかし行動せずにはいられなかった、それ程に男は恨みを抱いていた。


 殺害した後、男は無事に団体が手を伸ばしていない離れた町で暮らしていた。しかし死物の事がどうしても気になりレジストに立ち寄った男は、偶然にも死物屋を見つけ、入店しすると彼らと再会したのだ。


 不思議なもので、男は死物となった彼らを目にしていないのに、彼らが残したアイテムだと一目で理解できた。同時に再び怒りがこみ上げてくる。

 死物屋にヒルが売り払ったのだろう。身内の死物すら保管しないとは、ヒルの程度が知れると男は悪態をついた。


 なるべく目立ちたくない男は、手早くこれらを購入し破壊しようと思っていた。しかしあまりにも高額、それ程の金をこいつらを買う為に使いたくはない。

 そこで男は死物を盗難してしまおうと思い立った。すぐに町へ帰れば捕まることも無いだろう。死物屋の盗難を憲兵団が取り合うとも思えなかった。


 男は死物屋の防犯設備を調べ、盗難は困難を極めると理解した。通常の盗みではキラーアイに見つかってしまうし、盗賊レベルも低いのでショーケースの開錠もできない。

 そこで男は考え、死物のある特徴を思い出した。


 そこから死物を探すのには少しばかり苦労したが、死物の所有者は殺害した存在に限定され、上書きはされないと聞いていた。

 実際その通りで、男は所有アイテムを探せる探知の巻物を使い、なんとか回収に成功した。


 そして今、木槌を振りかざす――。



――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ドンドン。

 ノックをしてみる。

 少しして、ドアが開いた。


「……なんだ、死物屋の店員か」

「すいません、どうしても伝えたいことがあって」


 男の表情からは怒りの感情が見えた。内心はいきなり殴られないかと不安だが、平静を装う。


「実は先ほど見つかったんですよ、盗まれた死物」

「はぁ?」


 男の目が見開く。


「どこで」

「憲兵団が探してくれました」

「嘘をつけ!」


 おお、怖い。声を荒げる男に、一歩後ずさる。

 同時に、後ろで俺の体を支えてくれた存在がいた。


「どもっす」

「――ッ、けっ、憲兵団!?」

 

 軽装の装備をした憲兵団に、今度は男が後ずさった。


「ほら、見てくださいよ」


 憲兵団が退くと、血清のアンプル、夢色焼酎、絶命自然薯のアイテムが姿を見せる。


「なっ、馬鹿な! 偽物だ、そうに決まってる!」

「違いますよ、偽物は今あんたが持ってる方っす」

「はぁ!?}


 男は俺の言葉を聞くなりバッと振り返り、部屋に戻る。

 

「そんなはずは!」

「――そんなはずは無いっすよねぇ、だって死物って前の人間を知っていれば特定できるんだから」

「っ! お前! 嵌めたな!」


 男が殴りかかろうとしてきたので、思わず身体をすくませる。

 

「無駄っすよ、こっちには憲兵がいるんだから」

「~~! っくそ!」


 男は思い切り壁を殴りつけると、その場にへたり込んだ。


「どうして俺が盗んだと?」

「そりゃあの3つだけ盗まれたらあんたを疑うべきでしょ普通、と言いたい所っすけど俺ら基本善人なんで疑ってませんでした」


 男は沈黙を続け、俺を睨む。


「疑ったのは2度目の来店っすね、あんた確認の為に来たんだよ、ちゃんと仕掛けが発動したかどうか」


 俺は男の一つの発言でこいつが犯人だと疑い、確認し、断定した。


「あんたクレーム言ってた時、アイテムを失くした不手際より死物屋そのものに対して怒りをぶつけてただろ。そんな人間がどうして高額な死物を欲しがる? 気まぐれで買える金額じゃないっすよね」


 俺は男のバッグを探しながら喋る。


「で、帰る時。これが決定的でしたね、あのバッグにこれが入りきるワケないじゃないっすか。それなのにあんた、馬車も運び屋も連れてこず店に来ていた。この店にもうアイテムが無いと踏んでたんだ」

「だからやる気の無さそうなお前が、帰り際まで頭を下げに来たってのか」


  俺は頷いた。

  男が持っていたレザーバッグを見つけ、開く。

  中にはプラチナ硬貨がまだあった。


「おい! 勝手に触るな!」


 俺は男の声を無視し、一つの硬貨を取り出す。


「これ自分のなんで、返して貰いますよ」


 ブロンズ硬貨だ。1枚1ゴールド。


「なぜわかる? どうして俺のバッグに入れたんだ? そしていつ入れた!」

「まぁまぁ落ち着いて下さいよ。あんたに返す硬貨の1枚を変化させただけっす。あんたを追う為にね」


 俺の唯一の特技である変化呪文だ。

 1時間もすれば解除されてしまうが、魔法レベル3ではこれが限界。そもそも扱える人間は少なく、特殊な魔法である。


「手癖の悪い店員だな! いや、待てよ」


 男は何かを閃いたように立ち上がり、


「お前は俺が盗んだ前提で話をしているが、違うぞ。これは別ルートで仕入れた正規のアイテムだ。値は張ったがな、ははは! 第一、どうやって私が盗んだというのだ? 私はあの日以降一度として来店していないぞ?」


 見苦しい悪あがきだ。

 確かに男は来店していない、しかし方法はある。


「あんた死物に呪いをかけたでしょ、強制転移のね」

「――ッ」

「死物は呪いへの耐性が低い、それを知ったあんたは帰り際、呪術を唱えた。なんか独り言喋ってるなぁと思ったら、呪術だったんすねぇ」


 男は苦虫を噛んだような表情をしており、この推理が正しいことを伝えていた。


「強制転移の呪いは呪術でも低スキルの魔法、付与できるか出来ないかは別として、少し適性のある人間なら使えて当然。けど強制転移はいつ、どこに飛ぶかわからないランダムな魔法、それであんたは確認に来たんだ。呪いが発動しているか」


 男が歯を噛み締めているのが見えた。とたん、こちらを睨んでくる。

 

「証拠はあるのか! 証拠は!」

「証拠っすか、たぶんあるんじゃ無いっすか? 確認の為に何枚も使った、白紙になった探知の巻物が」


 憲兵が部屋を確認しようとすると、男は言葉にならない声をあげて俺に襲い掛かってきた。

 

「――イカロスの羽!」

「ぐわぁー!」


 翼の形状をした炎が男に高速で襲いかかり、男の体中をつつく様に飛び回る。


「おお、店長強いっすね」

「当たり前だ! なんたって師匠だからな」


 店長の声を出す憲兵に違和感はあるが、魔法を発動したのを皮切りに店長の薄着の服が顔を出し、すぐに憲兵の装備、顔は姿を消した。


「お前っ! 死物屋の店長!」


 男が身体を転げ回しながら言う。


「ああ、マキナの呪文で憲兵に化けてたんだ、もちろん死物もな。そっちの方が都合が良いからよ――さて」


 店長は手を組み、男に踵を落とす。


「おい盗人! こいつを解いて欲しければ私らと一緒に出頭しろ! もちろん商品は返して貰うぜ!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「――やっぱ牛タンが最強でしょ、牛タンだけで作られた牛とか作れませんかね」

「倫理的にアウトな魔法は公にはできねーからなぁ、あと肉で一番美味いのはハラミな」

「私は皆さんと食べられるならなんでも」

 

 俺たちは新人歓迎会、焼き肉パーティーを行っていた。

 どうしても別の町で出頭したいとのことで、その変わりとしてプラチナ硬貨をそれなりの量頂いたのだ。

 テーブルには多種多様な肉の部位が所狭しと並んでおり、食べきれるか不安になる程の量である!

 

「ならハラミと牛タンならどっちが好きなんだ? 建て前はそうでも優劣は絶対あるはずだ!」

「え、えぇっ」

「こらこら店長、怖がってるじゃないすか」

「し、しょ、う、な! それに怖がってなんかねーよ、な?」

「は、はい! 師匠はとっても優しい方ですから。お金も立て替えてくれましたし」


 おお凄い、まさか本当に30万ゴールドを渡すとは。

 店の売り上げではなく、店長のポケットマネーだろう。


「う、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。で、どっちが好きなんだ?」

「それは…タンの方がサッパリしてて好き、かもしれません…」

「なにぃー!」

「はい、死物屋で最強の食い物は牛タンってことで」

「うふふっ…」


 笑ったアーミラの表情がふいに曇る。アーミラは時折、脈絡なく悲しげな表情を見せる時があるが、理由を問えるほど俺たちの関係は深くなかった。


「それにしても、よく言うぜ基本善人なんて」

「え? 言ってましたっけ」

「言ってたよ思いっきり! あいつがキレるまで疑ってなかったって言ってたけど、キレるの金渡した後だったじゃねぇか」

「うーん、そうだった様な」


 店長から呪いの耐性の話を聞いた際、もしかすると、と思ったのだ。

 とは言え軽い疑いに過ぎなかったので、自分のアイテムを忍ばせて探知の書を使えるようにしたのは、ほぼ俺の悪癖である。憎いが血は争えない。


「善人なら店の物盗まねーしな!」

「えっ、マキナさんって万引きするんですか…?」

「否定はしませんよ……はは。あっ、このハラミ食べごろだ」

「おい話を逸らすな――って、それ私が焼いてた肉じゃねーか!」

「店長が丁寧に焼いたハラミ美味いっすねぇ」

「この野郎~!」

「ちょ、魔法は反則っすよ! それ犯人にぶち当てたやつじゃないすか!」


 ――――


 こうしたやり取りが何回か続き、それなりに楽しい新人歓迎会が終わった。

 この時、俺たちは知る由しるよしもなかった。


――俺たちが憲兵団から殺人の疑いをかけられているとは。

 

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