第2-4話 死物の呪い
「お疲れ様でーっす」
いつもの様に扉を開ける。オープンして間もないのに寂れた雰囲気を感じるが、もう慣れた。
「あっ、おはようございますマキナさん! 今日からよろしくお願いします」
「どうも、よろしくっす」
昨日より俺の後輩となったアーミラがおじぎをする。うーむ、似た様な経緯ではあるが、まさか本当にバイトとして働くとは。しかも店長の家に住み込みで。
「おうマキナ、今日は初っ端から元気そうだな」
「そうすか? いつも通りっすけど」
店長、コハクさんがカウンターから声をかけてくる。
「いーや、いつより間違いなく上機嫌だね。アーミラちゃんが入ったからテンション上がってるんだろ」
「うーん、どうでしょ」
釣れねぇなぁとボヤく店長を横切り、バックヤードでエプロンを結ぶ。
バックヤードにはもちろん取り置きしていたハズの商品は見当たらない、焼き肉を思い出し溜め息を吐く。
引き換えに手に入れたのが後輩か、どちらかと言えば嬉しいが、食欲には勝らない。
そう言えば昨日店長は30万ゴールドを用意すると言っていたが、本当に準備できるのだろうか。
1ヶ月の売り上げですら10万ゴールドあるかどうかの店で、ポンと出せるとは思えない。俺の時は相手がヒルファミリーだったので死物を売れたが、アーミラはまた違う事情のハズだ。
「師匠さん、死物について知りたい事があるのですが」
カウンターへ戻ると、箒で床を掃きながらアーミラが店長に質問をしていた。
「おお! いいぜいいぜ! 何でも答えっから!」
俺が殆ど死物への質問をしないからか、やる気のある弟子からの問いに声色を明るくする店長。
「死物の呪いの種類で価値が変わったりするんですか? それほど害の無い呪いなら価値が高い、とか」
「あーそれ俺も気になってました」
俺が言うと店長が露骨にこちらを睨み、
「あのなぁマキナ、そもそも基本死物には呪いなんて付いてねーよ」
「そうなんすか? でも噂では装備すると強制転移するとか、毒に犯されるとか」
店長はお手上げとばかりに首を振ると、カウンターテーブルに俺とアーミラを座らせて、対面にドスンと腰を降ろす。
「丁度良い機会だ、これからはしっかりアーミラと一緒に死物について教えてくからな!」
「はい!」と頷きメモを取り出すアーミラ。昔は俺もこう…じゃなかったな。
メモ用紙は自宅にいつしか置いていくようになったので、俺は脳内に書き込んでおくことにした。
「まずこの国で流れている死物には呪いが付与されているっつー噂は、9割嘘だ。基本的に呪いが付与された死物は誕生しない」
「9割ってどういう意味すか?」
少し頷いて店長は答える。
「死物は他のアイテムと比べて、呪いへの耐性が低いんだ。例えばモンスターからドロップしたトレジャーの耐性が10とすると、死物は2、3くらい」
「簡単に呪術に罹ってしまう、ということですね」
アーミラがメモを取りながら言う。
「ああ、呪術師が大量の死物に呪いをかけた事件でもあったんだろう。それに尾ひれがついて今の噂が出来たんじゃねぇかな」
「でも呪いがある可能性は他のアイテムより高いんすよね? 誰かがいたずらで呪いをかけたり」
「そこは否定できないな。少しの呪いの適性と、魔法レベルが3以上もあれば死物に呪いを付与できる」
魔法レベル3以上か、魔法を扱える血筋の人間なら大体が超えているレベルだ。ちなみに俺も3である。魔法使いの中では平均よりちょい下の才能だ。
「じゃあ噂もあながち間違ってないっすね。ダンジョンで拾った死物とかは迂闊に使わない方が良いでしょうね」
「ダンジョンのモンスターが付与してる場合もあるしな、そこは他の国も一緒だよ。他国との違いは、元から呪いが付いているかいないか」
呪いが元から付いているのか否かは、死物を扱う店では大きな違いだ。イメージとしては圧倒的に後者の方が良い。優れた鑑定スキルを持っている人間ならば呪いの付与は簡単に調べられるので、死物のデメリットは無いと言っても同然だ。
「もしかしてこの店の品物って呪い付いてないんすか?」
「おまっ、そんな事も知らなかったのかよ! つーか何度も言ってただろそれは!」
店長が身を乗り出す。
「いやあなんかアルコール除菌してますみたいな方便かと」
「あ、あはは…」
アーミラが横で苦笑する先輩の威厳がみるみる失われていっているな。
気にはしないが、最低限同じバイト仲間として見下されたくはない。俺は質問を投げた。
「でも呪いが付いてる死物の買取はしてますよね? 常連の冒険者の人がよくダンジョンで拾った死物持ってくるじゃないですか」
「もちろん買取はするさ、ただ余りに価値の低い死物だと断ることもあるな」
言うと店長は席を立ち、普段買取をしている机、査定台下の棚を開けると皮の巻物を取り出した。
「解呪の書、ですね」
「流石アーミラちゃん、よく知ってるな」
店長が俺達の前に巻物を置く。
「1個1000ゴールドの高級品だ。呪い付きは買取金額からこれを差し引いて査定する。下回った場合はお断り」
「へぇ、こんなのあったんすねぇ」
「お前は少しは目で見て盗むとか考えろ!」
耳が痛い。これからはもっと真面目にバイトをしよう、と少しだけ思った。
解呪の書を使わずに呪いを解くとなると、魔法レベル5以上は必要だろう。店長はレベルはクリアしているかもしれないが、属性の才能が足りないのは間違いない。
解呪は聖属性、強い信仰心が無ければ才能が伸びる事はないからだ。
ガチャッ。
扉の方を向く、冷やかしだろうが出勤初のお客様である。
「いらっしゃいませ!」
真っ先に席を立って挨拶をするアーミラ、俺も立って軽い会釈をする。
うーん、やはり店長と俺と比べて愛想が段違いに良いな。
間違いなくこの店の看板娘になるだろうが、訳アリの少女だ。
マリンクリスタルは母の形見と言っていた。それを持って路頭に迷っていた所から、何か事情があって家を出ているのは間違いない。
変なトラブルに巻き込まれない事を祈りつつ、店内の清掃に取り掛かった。
数時間の作業を終え、日が傾いた頃に予想外の来客があった。
元気に挨拶をするアーミラ。しかし、俺と店長には緊張が走る。
「予定より早く金が手に入ってね、例の代物を買いに来たよ」
取り置きをしていた妙齢の男だ。男は店内を見ることなく、レザーバッグをカウンターに置き、ヒモを解いた。
「あの、それがですねぇ」
一番近くに居た俺が対応をするが、もちろんクレームに繋がるのは間違いないので店長を見て助け舟を求める。
店長は頷き、
「すまない、実は盗難に遭ってな。取り置きしていた分のアイテム全部無くなっちまった。もちろん、取り置き分の金は返す」
店長は深く頭を下げ、レジからプラチナ硬貨5枚を取り出す。俺はそれを足早に貰いに行き、男に手渡す。
「そうか……それは困ったな金を集めるのには随分苦労したんだが」
男は硬貨をバッグにしまうと眉間に手を当て、ううんと唸る。
「犯人は捜してる最中だ、見つかり次第連絡しようか? その時は安くするぜ」
「そうは言うがいつになるかは分からないだろ?」
「ま、まぁ、な」
男が口調が強くなり、言葉が詰まる店長。
嫌な沈黙が流れること数秒、突然思いついた様に店長が査定台の棚を開け、一枚の札を男に見せる。
「何だいこれは?」
「つ、次何か買う時はこれを持ってきてくれよ。表示値より2割引きで売るからさ」
男は大きく溜め息を吐き、
「いやいいよ、もうこの店に来ることは無いから。死物ってそもそも嫌いなんだよね。店自体も怪しい雰囲気あるし、実際こう下手をうたれて購入できないとねぇ、何も信用できないよ」
お叱りである。店長は何も言わずに頭を下げた。
「では」と言って店を出る男。男は去り際に店長を虐げたるような目で見降ろした。
俺は男の後に続いた。
「ちょ、マキナ」
店長の声を無視する。
俺は――。
「申し訳ございませんでした」
深く頭を下げた。
「ふん」
男は俺を無視してレザーバッグを肩に背負い、一人で街の中へと消えて行った。
俺は男が目視できなくなったのを確認し、はあと息を吐く。
——さて、どうやってこいつを捕まえようか。
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