第2-3話 少女から後輩

「店長店長、あそこに立ってるの監視鏡に映ってた」


 ドリトン宅から店に戻ると、店前に大きなバッグを担いだ少女が居た。

 店中を覗いている。


「悪いけど、今日は閉めてるんだ」


 店長が声をかけると、ビクリと肩を跳ねさせる少女。


「あっ、はい! ごめんなさい! すぐ消えますので!」


 明らかに俺達に物怖じしているが、至って普通の反応である。

 なぜなら死物を売る店の店主なのだ。店長は死物を好む狂人ということで、死物狂しにものぐるいと呼ばれている。殆どの町民の目は冷ややかである。ドリトン宅へ向かう途中も、その視線は嫌というほど実感した。


「用件くらいはお聞きしますよ、ねぇ店長」


 いそいそと場を去ろうとする少女だったが、俺がそれを制止した。

 犯人探しはほぼ諦めているが、こう目の前に来られれば行動はするべきだろう。

 店長も俺の意図を組み、不器用な営業スマイルを浮かべる。相手が俺と同年代くらいの年だからか、まともな笑顔だ。たぶん。


「あ、あぁもちろん! 昨日も来てたよな? この店に用があるんだろ?」


 ぐいっと少女に近寄る店長とは対象に、大きく後ずさる少女。


「ダメっすよ店長、怖がらせちゃ」

「こ、怖がらせてねぇよ! なぁ!?」

「ひぃっ」


 少女は更に大きく後ずさる。

 やれやれと思いながら彼女を観察する。年齢は15前後か、黒色の長髪が煌びやかに輝いておりツヤがある。育ちは良さそうだ。声色や立ち振る舞いからのイメージだが、物静かなお嬢様といった印象。その割には衣類が汚れている様にも見えるのが気掛かりだが。

 一方で店長の見た目は野生児に近い、言ってしまえばガラが悪い。もちろん交流を深めればまた別の性格が見える。しかし、現状は蛇がカエルを睨んでいる、なんて比喩表現がピタリと当てはまる。


「大丈夫ですよ、この店長見た目と趣味は悪いですけど、悪い人じゃないんで」

「あのっ、いえ、そんな事は」


 ワナワナと店長の赤髪が逆立っているのを感じたが、客の前なので堪えてくれるハズだ。ここで天寿を全うすることは無いと信じる。

 少女の様子からすると、俺には店長ほどの警戒心を抱いていない様に感じる。ここは俺が接客することにした。


「販売と買取は難しいですけど、査定なら出来ますよ」


 俺はバッグの中に死物が入っているのではと疑った。入っていなければ、盗難品を収納するために背負っている可能性が出てくる。

 少女は少し体を斜めに向けると、震えた声で言う。


「あ、あの、お金とかは」

「もちろん無料でお受けしますよ、死物かどうかの判定も行ってます」


 少女の表情に僅かに色が灯る。


「じゃ、じゃあこれの査定をお願いできますか?」


 少女はバッグを下ろしヒモを解く。やはり死物が入っているらしい。昨日も査定に来たは良いが、店長に声を掛けられ無かったと言ったところか。カウンターをしきりに見ていたのも、店長がメンテナンスを終えるタイミングを見計らっていたのだろう。


「これ、です。私にはアイテム名もわからなくて」


 少女が取り出したのは、細長い水晶。中には水が入っており、底部には海草が生えている。よく見ると微生物が動いているのも確認が取れた。もちろん俺の見たことの無いアイテムだ。そもそもレアアイテムの知識には疎い。

 店長に目をやる。


「死物には間違い無いね」


 店長がいつになく重い口調で喋り始めた。 


「マリンクリスタル、深海のダンジョンにあると言われているトレジャーアイテムだな」

「マリンクリスタル…」


 少女が呟く。


「実物を見るのは私も初めてだよ。というか、存命でこのアイテムを見たことがある人間はそう居ないだろうな。それくらい希少なトレジャーだ」


 それを聞いた少女は、一瞬安堵の表情をしたものの、すぐに顔を曇らせた。

 

「査定額はいくらなんすか?」

「それなんだが、ちょっとウチだと手に余るな」

「そんな高いんすか!?」


 店長が頷く。


「買い取るとしたら、50万ゴールド前後かな。死物じゃなければ、王族の国宝レベルの品物だ」


 腕を組みため息を吐く店長。


「店にあったら間違いなく目玉商品だぜ、店が繁盛してたら買い取れたんだけどなぁ」

「50万ゴールドなんて繁盛どうのこうので集められるんすか」


 俺の言葉を無視して、店長は少女に向かい直る。


「悪いな、別の国なら買い取ってくれる店を知ってるんだが…」

「い、いえっ! このアイテムの価値が知れただけでも十分です」


 少女は何度もおじぎをすると、いそいそと帰ろうとする。

 特に盗みに心当たりがあるような様子もない、引きとめる必要はないだろう。

 店長は残念そうにため息を吐いて、鍵を取り出し扉を開けようとしていた。

 その時、


 ぐ~~~。


 数秒間何か大きな音がした。間違いなく腹の音である。俺と店長はほぼ同じタイミングで音の発生源であろう彼女を見た。

 背中越しではあるが顔が赤くなっているのがわかる。今にも湯気が出てきそうな程に。


「店長、まだクッキー残ってましたよね」

「あ? ああ、営業するつもりでいたからな」


 営業していないとは言え、本来は営業をしていた時間だ。それに加えてこちらの都合で買取を断っている。多少のサービスはしても良いのではと思った。

 もちろん店の主はコハクさんなので、決定権は無いが。

 店長は少し思案する素振りを見せ、耐えられないとばかりに帰ろうとする少女に声をかける。


「クッキーならサービスで分けてやるよ、それにマリンクリスタルについても交渉したい」

「いえ、ご迷惑をおかけするわけには」

「迷惑じゃないですよ、むしろこっちの都合で色々お断りしてますし」


 可能であれば彼女には悲嘆の感情で帰って欲しくない。

 他人になるべく親切に、というのが俺の信条だからだ。家訓でもある。

 彼女はそれでも帰ろうとしたが、再び腹の音が鳴ると恥ずかしそうに「お願いします……」と小さく声を発したのだった。



「理由は言えないがすぐに大金が欲しい、しかしマリンクリスタルはなるだけ売りたくない…か」


 店長が言うと少女、アーミラは頷く。


「私の母の形見なんです。だからどうしても手放せなくて。でも日に日にお金も無くなって、食事も満足に取れなくなってきた時にこのお店を知ったんです。それで、魔が差してしまって」


 形見を手放そうとした自分を悔いているのだろう。アーミラの瞳は僅かに潤んでいた。母の形見、大金と聞いて妙な親近感を覚える。


「気持ちはわかる。大切な人が残したアイテムを手放したくない気持ちは十分に理解できる。大金が欲しい理由は聞かないが、私も極力売らないほうが良いと思うよ。ただ、形見を一瞬でも売ろうと思ってしまうくらい、あんたが追い詰められているのも事実だろう?」


 まともに食事も取れていないのだろう、コハクッキーは空になっていた。服の汚れも、洗濯できるような環境が無いからだろうか。


「……それでも、これを売るワケには」


 一度の過ちでより決意を固めたのか、アーミラがマリンクリスタルを手放す気はなさそうだ。


 店長は大きく息を吐き、


「いくら必要なんだい」

「30万ゴールド、です」

「わかった、用意しよう」


 どれだけ人助けの為に損をするんだ。

 店長がそう言い放ったので思わず突っ込む。


「いやいや店長、さっき売らないって言ったじゃないすか」

「買取じゃないよ、もちろんアーミラちゃんが納得するかは別だけどね」


 アーミラも要領を得ていない様だ。


「どういう事ですか? 売らずにお金だけ借りるってことですか?」

「うーん、まぁ大体同じかな」


 そう言って店長は、条件を話し始めた。


「売らずにこの店に預ける、これならどうだい。要はマリンクリスタルを担保にして、この店からお金を借りるんだ」


 なるほど、他の客に売らない質屋みたいなモノか。逃げられたら売れば良いし、お互いにとって悪い条件では無い。


「…気持ちはありがたいですが、いつ返せるかどうか」

「返済は期限なし、けど返済方法は限定させて貰うよ――ここで働いて返すこと!」

「ええっ!」


 声を上げたのは俺だ。

 店長と出会った方法が違うだけで、ほとんど俺の時と一緒じゃないか。

 まさかこのコハクという女、こうやってこき使える人間を集めているのでは……いや、それは無いだろう。

 店長は俺を大損してまで救ってくれた、人間性を疑う事は許されない。


「経験済みっすけど、いきなりとんでもない事言いますね」

「逃げられても困るし、アーミラちゃんも売られてしまわないか心配だろう。それに――行く場所も無さそうだしな」


 彼女はキョトンとした表情で目を開いていたが、意味を理解したのかしばらく沈黙し、


「世間知らずの若輩者ですが、よ、よろしくお願いしますっ!」


 彼女なりに精一杯であろう大きな声で言うと、姿勢良く頭を下げた。


「ああっ! これからは師匠と呼ぶように!」

「はいっ!師匠、さん!」


 こうして盗難事件の事などすっかり忘れ、俺と店長は新しいバイト、つまり俺の後輩を迎え入れたのだった。

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