第2-2話 犯人探し
「あっ、店長あくびしてる」
「うるさいな、マキナだってあくびしてるの知ってるけど見てないフリしてるんだぞ!」
俺と店長はクッキーを食べながら店内の過去を確認できる監視鏡を視ていた。
理由はもちろん取り置きしていた商品を盗んだ人間を特定する為で、今は昨日の記録を確認している。
店長は必ず朝にバックヤードも含めて掃除をするので、取り置きした当日、つまり一昨日盗まれたとは考えられない。店長も確認したと言っているし、盗まれた可能性があるのは昨日の営業中だろう。
「お客さん出て行きましたね」
「ん」
店長が鏡に手をかざすと、鏡の映像にノイズが走り早送りになる。
「安物だとノイズ凄いなぁ」
「店長の魔力が低いからじゃ」
と言ったところで頭を殴られた。痛い。
「魔力は関係無ぇよ! こう見えて魔法スキルはそれなりに……お」
来店を確認して、等速に戻す店長。
映ったのは痩せた猫背の男で、入店するや否や周囲を見渡している。
品物を見渡しているというより、間取りを確認している様な雰囲気だ。
「怪しいっすね」
「馬鹿野郎、人を見かけで判断すんな」
「まぁ、そりゃそうっすけど」
男は冷やかしにしては長い時間店内をうろつくと、最後にカウンターを凝視して店を出ていった。
店長が言うことは全く以てその通りだが、見た目に足して行動も怪しいとなると班員喉補には入れておくべきだろう。
「けど店長、これで犯人見つけてもどこ居るかわからなくないすか?」
店長は八重歯を尖らせて笑う。
「ここは死物屋だぜ? 顔さえ特定できりゃあ」
「使うんすか? 呪われますよ」
俺の言葉に店長は鼻で笑い返すと、再び手をかざした。
10人程の来客で怪しい人間は3人に絞られた。
1人は痩せた猫背の男。
次に大きなバッグを背負った小柄の少女、盗むようには見えないが、ずいぶんカウンターを眺めていた。人を見かけて判断してはいけないのだ。
最後に店長が一番怪しいと睨んでいる中年の男。
「絶対コイツだ!」
監視鏡に映し出された中年の男を殴りかからんとばかりに睨みつける店長。
「前々から怪しいと思ってたんだよ私は! 次から次へと偽物売ろうとしやがって!」
この中年男性の名前はドリトン、この店の数少ない常連の1人である。
どこからかガラクタを持ってきては、これは魔法レベル7の魔法使いの死物だとか、かつて勇者が使役していた魔物の死物だとか言っては売ろうとしてくる。
俺が最初に接客した時も、大層な人物の死物だと言われて手に汗を滲ませた事を覚えている。もちろんそれは嘘で、その死物は返却したのだが。
「ドリトンさんが犯人なら出禁の理由にもなりますし万々歳っすね」
店長も強く頷く。
偽物ばかりを持ってくるだけなら、店長なら簡単に真贋が可能なので大した問題ではない。ドリトンの問題は性格にある。
「住所も買い取りしてればわかりますしね……あ、でもドリトンさん偽物ばっかだから売ったことなかったり」
「大丈夫、住所は割れてるよ。弟子が入る前に偶然本物の死物が混じってた事があってな。その時に」
店長は言うとバックヤードに入り、しばらくすると1枚のパピルス紙を手にしていた。
死物の買取価格に同意する契約書で、犯罪を防止する重要な書類である。
店長は書類を睨みながら言う。
「この時に下手に買い取っちまったからガラクタ持ってくるようになったのかもなぁ
。鑑定スキル持ってる奴なんてそう居ないから多めに見たんだが、こう何度も来られると確信犯だぜ」
何度もしつこくガラクタを持ってきては嘘か本当かわからない身の上話を披露され、こちらが仕事出来ない状態にさせてくる。
頻度も多いし、アルコールの臭いもキツい。
言ってしまえば面倒な客である。お金に困っているのは間違いないし、魔が差して盗みを働いた可能性はあるだろう。しかし、
「犯人っぽい人誰もバックヤード入ってないっすよねぇ」
「まぁなー、そもそもバックヤードに入るにはカウンターを通る必要があるしな。誰か入れば、流石にメンテ中の私でも気付く」
「空間転移系の魔法とか」
「そんな高等魔法使える人間なら本物盗むだろ」
「冗談っすよ、この国で使える人間が居るなんて聞いたことありませんし」
店長はうーんと唸りながらイスに座ると、カウンターにうなだれる様に突っ伏した。
一方の俺は口を紛らわせる為にクッキーを口に放り込む。旨い。
「んー、後は透明化とか。気配は消せないっすけど、集中してる店長なら気付かないかも」
「舐めんな、って言いたいけど気付かない気がする。でももちろん冗談だよな」
「ええ」
透明化の魔法も空間転移程では無いが高レベルの呪文だ。そう苦労せず本物を入手できる力量は持っているだろう。
透明化が可能なアイテムも存在するが、まず入手は出来ない。もし手に入れたとしても、1回きりの消耗品だと聞く。金に困っているならそのままギルドに流した方が利益が得られるだろう。盗まれた3点よりも、数ランクレア度が高い。
「とりえあず犯人候補のアルコール中毒の所行くかぁ」
「行ってらっしゃい」
ポカと殴られる。パワハラである。
「お前も来るんだよ!」
「何ですか俺あいつ嫌いっすもん。犯人探しには協力しますけど、イヤな事は断りますよ、バイトの範疇越えてますし」
2、3の小言でも言われて店を出ていくと思ったのだが、予想に反して店長は口ごもっている。
それなりに長い時間黙られたので、たまらず声をかけた。
「大丈夫すか? 師匠」
「ひ、1人だと心細いだろ、その、怖いし」
「ん、別に俺は怖くないっすよ。家でも1人暮らしですし」
クッキーを食べる。旨い。
「~~!」
「ちょ、店長、くるしっ、襟引っ張らないでくださいよ! ごっ、いやっ、助けて師匠っ!」
店長が声にならない声を出したかと思うと、突然俺の首根っこを掴み、外へ連れ出そうとする。
「うるさい! いいから行くぞ!」
職権乱用だ。
しかしこうなった以上、ドリトンの宅へ行くしかあるまい。
観念した俺は、これから鼻腔を通るであろうドリトンのアルコール臭を思いだしてため息を吐いた。
「昨日のドリトンさんの様子に変わった所とかあったんすか?」
ドリトン宅へ向かう道中、店長に尋ねる。
監視鏡ではガラクタを持ってきて、長時間カウンターに居座るといういつものドリトンだった。
「いつも通りの変人だったよ。あー、でも臭くなかったな」
「おお、それは変わってますね」
店長は頷き同意すると馬鹿にした様に笑い、
「わりぃこれじゃ語弊があった、臭いは臭かったぜ、カブトムシの臭いみたいな」
「アルコールの臭いじゃなかったんすね」
「ああ、珍しいよな。どっちにしろ迷惑だけど」
記憶が正しければドリトンから酒の臭いがしなかった事は無い。珍事だ。
「でも今回の盗難事件とは関係無さそうっすねぇ」
あくびをしながら体を伸ばす。
正直俺はこの事件の解決を半ば諦めていた。素直に盗難事件にあったと取り置きした男に言うしかないだろう。
焼き肉だけが唯一にして最大の心残りだが。
数分の世間話をし、店長が開いていた布の地図を閉じ立ち止まる。
「ここだ」
「おー、予想通りの家っすねぇ」
4階建ての建造物。木造で明らかに老朽化しており、力を入れて階段を踏むと破損してしまいそうだった。屋上から枯れかけの蔦が伸びており、数部屋の窓ガラスが割れている。
「ホントに人住んでんのかよ、ここ」
「ドリトンさんにはお似合いっすけどね」
路地裏に建てられたこのマンションは、この町の一般的な住まいとは大きく異なっていた。
この町、レジストは首都アリュミオーレから馬車で1日もあれば到着できる距離で地理や気候的な問題も無く、それなりに繁栄している。
学校ギルドもあるし、冒険者にとっての職場であるダンジョンの扉もある。憲兵団も機能しており犯罪も多くは聞かない。いたって平和な町だ。
その平和を象徴するような街並み、というのは過言かもしれないが少なくとも観光客が落胆しない程度には穏やかで美麗な町だ。
「スラム街にぴったりだな」
「はは、確かに」
一方、店長の言うとおりこの路地裏に並ぶ建物はスラム街に似合う。まさかレジストにこんな通りがあるとは。
「い、いくぞ、2階の5号室がドリトンの部屋だ」
店長が妙に気合いを込めた声色で言う。
「あの店長、裾掴まないで貰えますか」
「お、お前が怖がると思ってな!」
「いや別に怖くは――」
「い、いいから!」
そのまま袖を引っ張られて2階へ上がる。安物だが、俺は貧乏だ。服の消耗は避けたい。
5号室へ到着すると店長は大きく深呼吸をし、錆びたベルを鳴らす。
が、反応は返ってこない。
「錆びてるから音が響いてないんじゃないすか?」
そう思って今度は俺がドアを強めにノックするが、それでも反応は返って来なかった。
その後、何回かノックとベルを繰り返したが、結局ドリトンが顔を出すことは無かった。留守だったのだろう。
店長は書き置きだけ僅かに安堵した表情でポストに入れ、老朽化したマンションを後にした。
次に俺達は死物屋の前で、監視鏡に映っていた大きなバッグを担いだ少女と出会うことになる。
まさかこの少女が死物屋の明暗を左右する人間だとは、当時の俺達は思ってもいなかった。
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