第2-1話 死物盗難事件
「血清のアンプル、
「ふぅむ…やはり高いな…マキナ君、もう少し安くは」
値段を言うと、妙齢の白髭を生やした男が言う。
男との面識はない。しばらくのやり取りの間で、首に提げた名札を適当なタイミングで見たのだろう。
「すいません、さっきも言いましたけどこっちの不手際とか
男、客はまだ何か言いたげだったが店長の方を見てこれ以上は無駄だと悟ったのか諦めたようにため息を吐く。
「わかった。しかし手持ちが足りないので内金でこの場は済ませたい、それで良いか?」
店長の方を向く。新米なのでこの辺りの判断は全て店長任せだ。
店長は先日買い取った三日月型の剣の手入れをしながら言う。
「5000ゴールドで5日取りおいてやる、どう?」
「では、それで」
男は頷き、レザーバッグからプラチナ硬貨を5つ取り出しカウンターに置く。
「ありがとうございます。じゃあこれに署名を」
硬貨をしまい、取り置き用の書類を男に書いて貰う。
高価なアイテムを買う為に来店しているとはいえ、5000ゴールドをポンと出せるとは文字通り住む世界が違う。俺の給料の半月分だ。
「ではこれで、必ず買いに来る」
書類を書き終えた男は取り置きした商品達を再び眺めて何かを独り言を呟いた後、店を跡にした。
俺はそれを確認するとふぅと息を吐き、
「いやぁ売れるモンなんすねぇ、死物買う人がホントに居るなんて」
「当たり前だ、売れなきゃこんな商売やってねぇよ」
「でも3週間働いて初めて死物売りましたよ俺。それに店長だって俺が接客中ずっとそわそわしてたじゃないすか」
「しっ、してねぇよ馬鹿!」
顔を赤くして掃除用の布を投げてくる店長、本名はコハク・アンバー。
剣のメンテナンスは終わったと言っていたが、客がいる間剣ををしきりに拭いていたのには言及しないでおこう。
「あと何度も言ってっけど、店長じゃなくて師匠って呼べ!」
「イヤっすよ、恥ずかしいっすもん」
どうして師匠と呼ばせたがるのかは知らないが、俺が拒んでも店長はしつこく師匠呼びを命令してくる。
恩義は感じているが、弟子になるつもりはない。いまだ俺は死物への興味を持てないでいた。知識はこの店のレアアイテムの詳細をそれなりに頭に入れた程度で、ただただ世界樹の果実の代金を返済する毎日である。
「呼ばないと減給すんぞ!」
「それパワハラっすよ」
呼べ呼べとうるさい店長を置いて、俺は店内の清掃に戻る。
店長、コハクは赤髪をポニーテールに結んでいる女性だ。身長は俺より少し低い、女性にしては高い部類だろう。
年齢を聞いたことは無いが、20前後か。まぁ俺よりは年上だ。
目鼻立ちは整っており美人の部類には入るとは思う。が、目つきが鋭いため接客業には不向きな印象を受ける。
本人もそう感じている様で、たまに鏡に向かって営業スマイルの練習をしている。
その笑顔が客に披露されたことは俺が知る限り一度も無いが。
「あっ、そうだ店長ー商品バックヤードに引いておいた方が良いっすよね」
「……」
返事が来なかったのでカウンターを見ると、店長と目が合う。
余所を向かれた。わざとらしく口笛を吹いている。
いやはや。
「師匠、商品後ろに引いた方が良いっすよね」
店長ははニヤリと笑い、
「ああもちろん!」と大きな声で言ってきた。面倒くさい店長だ。
「何しろ37000ゴールドだからな! ああそうだ、マキナの歓迎会もしよう! 焼き肉だ焼き肉!」
嬉しそうに笑う店長の口から八重歯が覗いた。面倒臭いが、悪い店長ではない。
俺はバリアブル素材で作られたショーケースから、1点ずつバックヤードに商品を格納した。
消化されるまであらゆる状態異常を防ぐ血清のアンプル。
口に含むと刹那に極楽浄土に行った気分になれるという伝説の名酒、夢色焼酎。
食べさせさえすれば抗体を持たない生物を必ず死へと導く絶命自然薯。
これら全て、死物である。死物でなければ一流の冒険者か、大手ギルドや力のある冒険者とのパイプを持った貴族くらいしか入手できない激レアアイテムだ。
無論、俺みたいな一般市民では目にする事も出来ないだろう。また、相場も1つ1つ10万ゴールドは越えてくる。
しかし、死物ならば一般人でも入手することが可能だ。好んで入手する人間は少ないが。
——人の感情を強く注がれて育った存在は、生命の灯が消えると死物へと変化する――
俺の母の様に。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おはようございま——ブハッ」
1日空けてその次の日、店に入るや否や視界が塞がれる。
「うわあああああああん、弟子ぃ! 弟子ぃ!」
どうやら店長らしい。抱きつかれた様だ、苦しい。が、悪くない。
「なんすかいきなり、強盗でも来ました?」
「ううう、わかんねぇけど、来たかも」
「マジすか」
店長を引き剥がすと、俺は店を見渡した。
古い匂いと甘い匂いが漂う空間、散らかっているようで、妙に整頓されている不思議な配置の品々と、一般人ではキズ一つ付けられないショーケースに陳列されたレアアイテムの数々。そして、俺が一番多く売りさばいてきた店長特製クッキー、通称コハクッキー。
「店に異常は無さそうっすね、マジで何があったんすか?」
店長は涙目になりながら訴えてきた、
「無いんだよ! 取り置きしてた商品!」
「えっ、えー!」
急いでバックヤードを見てみるが、確かに無くなっている。3つとも全部。
無くなっているのだ、焼き肉が!
おかしいぞ、確かに俺はバックヤードの2段目の棚に3点並べて置いたはずだ。
どうしてそれがキレイさっぱり消えているんだ!
「強盗対策どうなってんすか!」
「お前が知ってる通りちゃんとやってるよ! 夜はキラーアイ使ってるから只のゴロツキなら床に転がってるハズだし、キラーアイを回避できる奴ならケースからもっと良いアイテム盗ってる」
キラーアイは生命反応を察知して電撃を放つアイテムだ、効果は痛いほど理解している。高額商品を扱う店で使われる防犯アイテムで、確かにこれを誤魔化せるスキルを持った盗人なら解錠スキルも相応に高い、ケースを解錠するのは容易いだろう。
俺がたまらず腕を組むと、店長は怒りながら閉店の看板を出し店を閉めた。
「今日は休み……すか。まぁしゃーないっすね、また次のシフトで会いましょう」
憲兵団に盗難届を出して、あの妙齢の男に謝罪をするのは店長の仕事だ。
しかし俺がそう言って店を出ようとすると、店長が肩を掴む。
「何帰ろうとしてんだ! 確かに今日は店を閉める! けど、私の弟子にはやって貰わなきゃならない事がある!」
店長は俺の目の前にピンと人差し指を出し、
「探すぞ! 犯人!」
そう言ってのけたのだった。
「そんな事言われても俺ただの一般人すよ。探知スキルとかも持ってないし」
「それでも探すの!」
「素直に憲兵団に盗難依頼出しましょうよ」
「死物の盗難なんてまともに取り扱うと思うか?」
「親族とか墓主からなら……」
店長はそうだと頷き、
「実は開店当初に盗難届けを出した事があったんだ、だけどあいつ等まともに話すら聞かないんだよ!」
この国、アリュミオーレで死物を商売道具として扱うという話は聞いたことがない。欲しがる人間は奇異の目で見られるし、販売ともなれば尚の事だ。
確かに店長の言うとおり、あしらわれる可能性は十分にあった。
面倒だが、バイトとして捉えると憲兵団の真似事の様で良い暇潰しになるような気もしてきた。それに俺が手柄を取れば借金返済へ一歩近づけるかもしれない。
「時給は貰いますよ、もちろん、役に立つかは置いといて」
「それでこそ私の弟子だ! 絶対見つけて取り戻すぞ!」
「はいはい」
もし商品がキズ物になっていても、犯人の自供でもあれば憲兵団も立ち会ってくれるだろう。
焼き肉もかかっている事だし、なんとか犯人を見つける事が出来れば良いが。
こうして俺と店長の犯人探しは始まった。
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