第1-3話 バイトと借金
「本当か!? 今日中に買い取れるんだろうな?」
俺もたまらず顔を出した。
見ると、ガレンもカウンターに立ち入ろうとしている。
それを店長が手で抑え、
「入ってくんじゃねぇよ。現金だと厳しいが、物なら渡せるぜ」
店長は棚から鍵を取り出すと、ショーケースの扉を開ける。
「このケースに入ってる死物全部と交換ってのはどうだ。販売値で200万ゴールド以上はある、もしこれが店に持ち込まれたとしたら、最低でも120万ゴールドは付けるだろう品々だ」
ガレンは驚愕の表情を浮かべたが、すぐに店長に向き直る。
「本当にそれだけの価値があるのか? 確かに名の知れたレアアイテムもあるが、とてもじゃないが全部の詳細は判断できねぇよ」
「それは確かに。なら夕暮れ時にまた来てくれないか、それぞの死物の名前と相場を記した
ガレンはまだ信用しきっていない様だったが、判断しきれないと思ったのか渋々とした表情で「頼んだぞ」と言って店を出ていった。
店長は見送ると、深く息を吐く。
「あーあ、やっちまったなぁ。云十万ゴールドの丸々損かぁ」
トボトボと椅子に腰かける店長に、声をかける。
「そう思うなら、どうしてあんな事言ったんすか」
店長の言う値段が正しければ、100万ゴールド以上で世界樹の果実を買い取った事になる。ガレンに気圧された様にも見えなかったが。
「お前の母ちゃんの死物だろ、あれ」
突然水をかけられた様な言葉に、俺は目を見開く。
「なんで分かったんすか」
「80万ゴールドの死物が早々現れることなんかねぇよ。もし万が一ってのもあったが、そんときゃそん時だ」
衝動的に近い判断だったのだろうか、しかし俺にはまだ理解できないことがある。
「でも俺の母親の死物だからって、100万以上で買い取る理由にはならないっすよね。どうして損しかしない取引したんすか」
俺が困惑しながら早口で言うと、店長は笑い八重歯を覗かせる。
「そりゃ人の命救えるなら安いもんだろ。死物に値段は付くが、人の命に値段は付かねぇ。金で買えるならなんとかして買うさ。私は死物を買い取ったんじゃない、お前の命を買ったんだ」
少しの強がりも混じっているように感じた。当たり前だ、もしかするとこのまま閉店することになるかもしれない大損なのだから。ただ、
「ありがとうございます、俺の命を救ってくれて」
俺が2人の人間から、いやガレンも含めて3人から助けて貰ったことは紛れもない事実だ。
「ありがとうございます、本当に」
店長に深々と頭を下げ、頬を濡らしながら何度も礼を言った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その日の夜、約束通りガレンが来た。
「よく逃げずに待ってたな」
俺は無言で顔を見る。
「金、は……用意できて無さそうだな。死ぬ覚悟が出来たってことか? ああ?」
言いながら、ガレンはテーブルにドンと腰を下ろす。
「そんなお前に朗報だ。お前の母親の死物が予想外の値で売れてな、親父の件はもう手切れって事になった」
「はぁ」とだけ言う。
俺がリアクションをすると思ったのだろうか、首を傾げるガレン。
「どうした? もっと喜べよ、死ななくて済んだんだぞ? もうヒルに追われることもねぇ」
「まぁ、それはありがとうございます」
「感謝しろよな、物好きな死物狂にも、母親にも」
ガレンは豪快に唾を飛ばして笑う。
俺は1つだけ、ガレンに尋ねた。
「どうして俺を躍起になって助けたんだ」
「そりゃ人殺しはなるだけしたくねぇからな」
「それだけじゃない何かを感じた。俺の命を救ってくれた理由を教えてほしい」
言うと、ガレンを笑うのを止めて今度は椅子に腰を下ろし、神妙な顔つきになる。
「俺の親父はとんだ糞野郎でよ、借金の代わりに俺をヒルファミリーに売りやがったんだ。結局別の借金で殺されちまったがな」
ガレンは自虐するように鼻で嗤う。
「重ねちまったんだ。親に見捨てられたお前と、昔の俺。だから元々殺す気は無かった。最悪ヒルの雑用として引き入れようと思っていたんだが、お前が変な事するからよぉ」
そう言って俺を睨んだかと思うと、ガレンが頭を下げた。
「母親の件は済まなかった。俺にもっと権威があれば救えた命だ。殺した人間が何を言う、としか思えないかもしれないが謝罪はさせてくれ」
ガレンはバッグから何かが詰まった小袋を取り出すと、テーブルに置く。
「5万ゴールド、すくねぇが俺の金だ。仕事見つかるまでこれで暮らせ」
俺はそれを拒否しようとしたが、無視して席を立つガレン。
「もう会う事もねぇだろうが、もし顔を合わせた時、俺みたいに落ちぶれてたらぶん殴るからな!」
去り際のガレンに聞こえるかわからない程の声量で呟く。
「……助けてくれてありがとう」
ガレンは後ろ姿のまま手を振ると、暗闇に消えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「いらっしゃい…って、お前か」
「どもっす」
翌日、俺は死物屋を訪ねた。礼をと思い、ガレンから貰ったゴールドで土産を持ってきたのだ。
「おお! それクロッカスのフルーツ盛り合わせパフェじゃねぇか!」
「昨日のお礼、せめてもの気持ちです」
店長は喜んでそれを受け取ると。仕事中だというのに食べ始めた。
俺はついでに何か買ってやろうと思い、店内を見物する。
しっかり店内を散策するのは始めてだ。俺でも名の知っているレアアイテムの死物もある。他の死物屋を見たことは無いが、品揃えは豊富な印象だ。
ショーケースを見ると、さっそく母親の死物、世界樹の果実が売らているのが目に入った。
100万ゴールドの値が付いている。あの死物たち仕入れ値で120万と言っていたから、これを売ったとしても純粋に20万の赤字だ。
「欲しいのか?」
店長が尋ねる。
「そりゃまぁ、母親の残した物ですし。どっかの宗教ではその人間は死物に変わっただけで、アイテムとして現世に存在しているなんて話もある」
金さえあれば手元に残して置きたかった。
これを買うまでは学生ギルドは諦めないといけないな。
俺が別の品を見ようとすると、店長が言う。
「じゃあそれ売るよ」
「はぁ? 無理っすよ、そもそも金に困って盗みに来たんですし」
「金以外でも返せる方法はあるって! と、言うワケで」
店長はパフェをもう平らげていた。
「今日からここで働け、丁度バイトが欲しいと思ってたんだ。私の名前はコハク・アンバー、稀代の死物大商人! 師匠と呼ぶ様に!」
物申す前に店長が何かを投げてきたので、反射的に受け取る。
新品のエプロンだった。
「そんな無茶苦茶っすよ!」
「ははは! 昨日言っただろ、あんたの命を買い取ったって、つまり拒否権はなーい! さぁ、お前の名前を教えろ!」
八重歯を光らせる店長。
――まぁ、それも悪くないか。俺の命を救ってくれた人間だ。必要と言っているのなら、力を貸すべきだろう。
「マキナ・マフティー、よろしくお願いします」
「おう、よろしくなマキナ!」
店長は拳を出し親指を立てる。
「んでマキナ、死物に興味はあんのか?」
無い、しかし扱う品に興味がないのは致命的だ。
「それなりにありますよ」
嘘を付いた。まぁいずれは湧いてくるはずだ、興味は働いて培うとしよう。
こうして俺の死物屋での物語が始まった。
思えば俺の人生は、ここから始まったのかもしれない。
少なくとも俺の死への価値観は、ここで育てられた。
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