第1-2話 死物狂と呼ばれた女

 少し前、死物の販売と買取を行う死物屋しにものやという店が開店した。店長は商売の才能が無いなのだな、というのが率直な感想だった。


 裏ルートや他国では値が付くらしい。しかし少なくともこの国では、死物に値は付かない。理由は単純、需要がないから。

 死物を買うことは即ち、遺体を買う事と同義。そう思っている人間がこの国に多いのも理由の1つだが、大半の理由は呪いだろう。

 死物には呪いが付与されているという噂があり、その噂は国中に広まっている。だから大半の人間は、いくらオリジナルより値段が安くとも死物を買おうとしないのだ。

 

 そんな意識が根付いた国で、死物を取り扱う店が繁盛するハズ無く、俺の予想通り店は数日で閑古鳥が鳴いていた。少なくとも俺が図書館と家との往路で確認した限りでは、客が1人でも居れば御の字といった印象だ。


——俺は今日、そこへ盗みに入る。


 20万ゴールドを盗むとなると、それなりの大手ギルドへ盗みに入るか、新しく出来た死物屋しか候補は無く、俺は後者を選択した。ギルドの警備は堅いだろうし、ヒルファミリーの話を聞く限り死物を売るルートは持っている、死物でも値は付けられるハズだ。


 自分の命の為、母親が助けてくれた命を無碍むげにしない為、俺は罪を犯す。

 日付が変わり小時間が経過した真夜中。拙いながらも気配を消し、巡回中の憲兵団に遭遇することなく死物屋に到着した。

 南京錠がされているが、この程度の鍵なら俺でも開錠できる。


「――万の銀鍵よろずのぎんけん


 唱えると手元に青白く光る鍵が出現する。それを差し込むと、ガチゃリと南京錠が開いた。成功だ。

 中へ入ると、新店なハズなのに埃と古木の匂いが漂っていた。

 辺りを見渡し、金目の代物が無いか物色する。灯りは点していない、俺は夜目が利く。


 ショーケースの中に入ってあるアイテムの値は20万ゴールド前後のアイテムが目立つ、盗むならこの中か。

 そう思い、足を一歩踏み入れた瞬間。


——バシュン!


 斜め上、後方、入り口の真上付近からだろうか、何かが放たれる。


「っぐ」


 それは俺に直撃し、激痛、そして縛り上げられたような感覚に襲われた。

 放った正体を確認する間もなく、あっけなく俺は意識を失った。

 

————。


——。


「おい、起きろ!」


 声と、何かをかけられたのをキッカケに目を開ける。冷たい、俺にかかったのは冷水の様だ。手で拭おうとするが、それは出来なかった。どうやら椅子に手を縛り付けられているらしい。

 声の主を確認する。


「よう、まさか死物を盗む輩がこの国にもいるなんてなぁ」


 長髪の赤髪をポニーテールで結んだ女だった。女は腕を組み、訝し気に俺を見下げている。


「奮発してキラーアイ買っておいて良かったぜ。コソ泥ならこいつにかかればイチコロだからな」


 女は自慢げに語る。

 キラーアイ、俺を攻撃した正体だろうか。入り口の天井当たりを首を傾げて見てみると、大きな1つ目のモンスターの様な風貌のアイテムがあった。女が言っているのはこれの事か。


「で、同機は? なんで盗もうと思った?」

「言う必要なんか無いでしょ」


 女はバン! と大きく足を前に出し、


「いーやあるね! 何てったってアンタの命運は私が握ってんだ、憲兵団のお世話にになるかならないかは私次第なんだから」


 憲兵団か、牢に入るのも悪くないな。少なくとも家よりは安全だ。


「なら早く憲兵団呼んで下さいよ。盗もうとしたのは、悪かったっす」


 俺は頭を下げた。

 女はしばらく黙り、


「呼ばない」 

「はぁ?」

「お前が事情を話さない限り、憲兵は呼ばない!」


 なんだこの女。とんだ天邪鬼である。


「……はぁ、話したら呼んでくれるんすか」


 女は何も反応しない。どちらにせよ、話すしか選択肢は無さそうだ。

 俺は昨日起こった出来事を話した。父親の事は伏せ、親の借金が原因と嘘を吐いた。


「――という感じで、20万ゴールドが欲しかったんすよ。死物なら20万ゴールドの値が付く物があるだろうと思って、ここへ入りました」


 経緯を話し終えると、どっと疲れが込み上げてくる。昨日の疲労、そして失った物を思い出した。


「作り話にしちゃあ、胸糞悪すぎるな。とんだ親父だぜ、家族に借金だけ残して居なくなるなんてよ」

「さ、話したんでとっとと憲兵団呼んでくれませんかね。俺はまだ死にたくないんで」


 俺はそっぽを向き、女の返答を待つ。


「牢に入れられたとしても、2~3日で釈放されんぞ。そっからはどうする?」

「さぁ、また盗むなり捕まるなり」


 正直、そこから先の事は考えていなかった。約束を守らなかった人間を、あの鎌男が許すとも思えなかったが、これが俺の精一杯の回答だった。


自棄ヤケにはなんなよ」

「まぁなんとかそこは堪えてますよ、救われた命っすから」

「私からは、全てを諦めた顔にしか見えないけどな」

「うるせぇな」


 思わず悪態をつく。イライラすることは滅多に無いが、この時ばかりは冷静ではいられなかった。女の言葉は図星だった。


「じゃあどうしろって言うんすか。20万ゴールドの大金なんて用意できない、なら盗むしかない、でも失敗した! 後残された道なんて、どこにあるんだよ」


 女は俺の癇癪に僅かに退ぎ、少し顔を沈ませて言う。


「……少し休め、疲れてんだろ」


 女は俺のロープを解く。


「逃げますよ」

「逃げる場所なんかねぇだろ。あ、クッキー焼いてんだ、そこに置いてるから好きに食え」


 女はロープを解くと、箒を持って店内の整理を始める。


「さっきの話が嘘かもしれないじゃないすか、って聞いてないし」


 腹の音が鳴る。そういば古臭い臭いに交じって、小麦を焼いた香ばしい匂いが加わっていた。それが俺の食欲を刺激する。

 女の言っていたクッキーだ。食ってもいいと言っていたので、遠慮なく口にする。


「美味い……」

「へへっ、だろ?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「おい、ここに死物狂しにものぐるいはいるか!」


 店の倉庫で眠っていると、男の大きな声で起こされた。


「誰が死物狂だ! 文句言いたいだけならさっさと帰んな!」


 女、店長が負けじと声を張り上げる。

 男の言った死物狂という名前は、確か女のあだ名だ。

 声に聞き覚えがあったので隠れて姿を確認してみると、そこに居たのはガレンだった。


「こっちは太客だぜ、ほらよ」


 ガレンは袋から取り出したのは紛れもない、俺の母親の死物だった。

 世界樹の果実、同一アイテムなだけじゃない。本能で母親だったアイテムだと理解した。


「こいつを売ろうってか、入手ルートは聞かない方が良さそうだな」

「物分かりがいいじゃねぇか、で、いくらで買える」


 女は腕を組み、


「はっきりとは言えねぇな、数日かかる」

「はぁ!? こっちは今日中に100万ゴールド必要なんだ! 命がかかってんだぞ!」


 ガレンが詰め寄ると、女の手に炎が宿る。

 それを見て後退るガレン。


「大金のやり取りだ、こっちだって正確な売値を決めたい。金の準備も要るしな」

「頼む! どうしても今日必要なんだ!」


 なぜガレンはそこまでして俺を救おうとするのだろうかと疑問に思う。人を殺すのに抵抗があるのだろうか、それならなぜヒルファミリーにいるんだ?


「わかった、とりあえず100万ゴールド以上の値を出せるかどうかだけ調べる。しばらく待ってろ」


 女は世界樹の果実を受けとると、レジがあるカウンターに戻る。

 そしてガレンには聞こえない声量で呟いた。


「100万は厳しいな、限界で80万、いや、85万だな」


 鎌男の査定は正しかった様だ。つまりガレンの努力も虚しく、俺はヒルファミリーから命を狙われることになる。

 女に母親の死物が世界樹の果実とは伝えていない。100万の金が必要で、それを母親の死物で20万ゴールドまで減らしたと伝えたのみだ。


 女と目が合い、下に逸らした。

 この店長は優しい人間だ、それは間違いない。しかし他人の優しさに甘えられる程、俺は図々しくはなかった。


 俺は背を向け、バックヤードへ戻る。

 そして聞こえた言葉は、


「――わかった、100万ゴールドでこの死物、買い取ってやる!」


 店長の強がりの交じった、快活な声だった。

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