借金返済の為、死物屋にてバイトすることになりました

折内光哉

第1-1話 人から死物へ

 親とはそこまで仲が良いワケではない、特に父親とはここ数年顔も合わせてもいなかった。

 母親とも円滑な関係とはとても言えない。しかし、感謝はしている。父親がほとんど家にも帰って来ずまともな仕送りも無い中、学生ギルドへの入学費用を稼いでくれた。もちろん俺もバイトをして貯金はしていたが、俺がもうじき入学できるのは母親のおかげだ。

 

 修道院にある図書館での勉強を終え家へ帰る道中、老人が落とし物を探しているという事で手伝っていると、噂話が耳に入った。


「なぁ知ってるか、隣町で例の盗人が捕まったって」

「盗人って、あのバンディット・ノアのことかい」

 

 聞いた男はオーバーに驚くが、俺は鼻で嗤う。

 捕まるワケが無い、アイツは盗賊レベル9の国随一の盗人だ。


「なんでもヒルの館に侵入したとかで――」


 盗み聞きをやめ、探す作業に戻る。

 そもそもアイツの話は聞きたくない。

 俺と母親を置いて生きている奴のことなんて。


「ただい、ま――」


 無事老人の落とし物を見つけ家のドアを開けたのだが、体が硬直する。

 見ず知らずの大男が部屋で構えていたのだから、当然だ。


「おお、お前がノアのガキかぁ」

「……誰すか、あんた」


 帰り際聞いた話が脳をよぎる。まさか本当に捕まったのか?


「ここら一体を仕切ってるデモン・ヒルファミリーの人間だ、その年でも名前くらいは聞いたことあるだろ?」


 男が腕と足を組む。筋骨隆々という言葉がピッタリの人間で、腕を組むのもキツそうだ。タンクトップの理由は、衣類が腕を通らないからだろう。

 対面には母親がロープで縛り付けられ座っており、目で逃げろと合図をしていた。息を呑む。


 ヒルファミリー、この周辺の有名な裏ギルドだ。この町には優秀な憲兵団が居るので表立った被害は少ないが、治安の悪い街では逆らってはならない存在だと聞いている。通称、ヒル。


 逃げられるか? わずかに後ずさる。


「ムダムダ、何人も周りを張ってるぜ。憲兵団が来ないように別件で騒ぎも起こしてるから助けも来ないぞ、と」


 男は立ち上がり、俺の首を掴む。


「がはっ」

「やめて!」


 母親の叫び。


「まぁ落ち着けって、何もお前を殺そうとは思ってねぇよ。今の所はな。今までに親父さんから受けた被害を賠償して貰えれば、命は助けてやる」


 必死に腕を解こうとするが、屈強な男の腕はビクとも動かない。


「100万ゴールドを明日までに集めろ、それで助けてやる。いいな!」

「そ、そんな、の、むっ、無理に決まってるだろ」


 男が俺を壁に放り投げ叩きつける。

 息苦しさに解放され、酸素を貪りながら男を睨む。


「俺だって人は殺したくねぇ、死物しにもの売るのは手間がかかるしな。本当は2人とも殺せって言われてんだ、そこをなんとか100万ゴールドで誤魔化してやる、そういう話だ」


 男は机に置いてある袋を持つと、家を出ようとする。


「これは貰っていくぜ」

「やめて、それはこの子の学費なの!」

「うるせぇ! 恨むなら親父を恨むんだな!」

 

 男は声を張り上げて、扉を蹴って無理やり開く。


「親父は、ノアは生きてるのか?」

「知らねぇな、まぁ、生きててもまともな扱いはされてねぇだろうが」


 男はバンとドアを叩き閉め、家から姿を消した。

 俺はすぐに立ち上がり、母親のロープを解く。


「ごめんなさいマキナ、こんな事に巻きこんでしまって」

「悪いのはアイツだろ、調子に乗ってヒルの館なんて行くから捕まったんだ」


 母親は首を振ると、俺に急に抱き着いてきた。


「よせよ、それより早く100万ゴールドを集めないと」

「無理よそんな大金、ギルドも貸してくれないわ。あなただけでも逃げなさい、あなたの魔法なら逃げられる」

「ならアンタも一緒に」

「私が1日でも多く時間を稼ぐわ、遠方の町ならヒルファミリーの手が伸びていないハズ、そこまで逃げて」


 ふざけるな、家族を放って逃げられるか。

 そもそも逃げ切られるとは思えない。母親が時間稼ぎをしてくれたとしても微妙な算段だ。殺されて死物にされるのが容易に想像できる。


 一方で100万ゴールドの支払いも現実的ではない。今まで二人で貯めた金額が20万ゴールド、それでも大金だ。金融ギルドから借りるにも、身分の低い俺たちが借りられるのは精一杯で10万ゴールド程度だろう。


 俺は覚悟を決めた。


「俺の魔法で何とかする」

「――! マキナ、あんたヒルファミリーを騙そうっていうの!? バレたらどうなるか」

「どっちにしろ地獄だろ、なら明日を凌いで逃げるしかない」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 翌日の深夜、男が家を訪ねてきた。昨日と違うのは、荷物運びだろうか長身の鎌を担いだ男が付き添っている。体格から男であることは判断できるが、顔はフードで隠されており判別ができない。

 男を部屋に案内すると、俺は大袋を見せる。


「やるじゃねぇか!約束通り、100万ゴールド集めたようだな」

「ああ、早く持って消えてくれ、これ以上近づくようなら憲兵団に」

「お前らがちょっかい出してこない限りは手ぇ出さねぇよ。この街にはヒルの下っ端しかいねぇしな」


 男は俺の用意した100万ゴールド、プラチナ硬貨1000枚が入った袋を机にバラ撒き、確認する。

 

「もう帰ってくれないか、疲れたんだ」

「わかってるわかってる、後はこっちで何とかするぜ。念のため遠くに逃げた方が良いかもしれねぇがな」


 再び硬貨を袋に入れた男は、席を立ち家を出ようとする。


「ガレン、それ偽物」

「……そうですか」


 マズい、バレた!

 心臓がテンポを早める。一方で体からは血の気が引いていく。


「やっぱり死物にして組長に渡そうよ、そっちの方が手っ取り早いし」

「ですがコイツらが盗んでいたワケじゃ、そ、そうだ! 借金として取り立てていけば――」


 男が刹那の速度で背中の鎌を抜き、ガレンと呼ばれる男の首へ突き立てる。


「甘すぎ、仕事はしっかりしなきゃ」

「す、すいません」


 あれ程威勢を張っていたガレンをここまで大人しくさせている。こいつは荷物運びなんかじゃない、ガレンの上司だ。そして。


「ヒルファミリーを騙そうとした、これどういう事かわかる? 罪だよ罪、この罪は――命で償ってもらうよ」


 鎌を振りかぶる男、対象は俺だった。ここで俺は死ぬのか、嫌だ、死にたくない。


「死物の価値によっては母親は助けられるかもね、せいぜい高価なアイテムであることを祈るんだね、ハッ!」


 俺はキツく目を閉じた。

 しかし、いつまで経っても痛みが襲ってこない。まさか気付かぬうちに天国へ行ったのか? 目を開く。 


「だ、大丈夫だった?」


 目の前に居たのは、体を貫かれた母親の姿だった。


「あーあ、先にこっち殺しちゃったか。まぁどっちも殺す予定だったから大した問題じゃ無いけど」

「あ、ああ…あ」


 言葉が出ない、母親の血が服に落ちる。


「ごめんね、私とお父さんのせいで迷惑かけて」

「おい、喋るな! 死ぬぞ」


 言ったのはガレンだった。それを不思議に思うほど俺は冷静ではなかった。


「いいマキナ? 知らない人にほど、親切にするのよ。それが本当に優しい人の条件なんだ――」


 母親の言葉が最後まで紡がれる事は無かった。

 2度振り下ろされた大鎌に、母親の命は絶えられなかった。

 俺の前には、死物だけがあった。


「じゃあ君も——ハッ」


 再び男が鎌を降りかざす。俺はその場で呆けるだけで、避ける程の気力は無くなっていた。


「待って下さい! この死物なら100万ゴールドの価値はあるハズです! これでもう見逃してやれませんか!」


 ガレンの大声に男の鎌が止まる。


「うーん、確かにこりゃ凄い、世界樹の果実じゃないか。ただ、80万ゴールドくらいじゃない?」

「必ず100万ゴールド以上の値で売ってみせます! どうかこのガキは見逃してやってくれやしませんか」


 ガレンが頭を下げる。


「わかった。僕も余計な泥は付けたくないしね。ガキの罪はガレンに免じて許してやるよ。ただ、20万ゴールドは明日までに支払って貰う。どう見積もっても80万を超える事は無い」


 男はあくびをして、鎌を納めた。


「明日またガレンをここに寄越す。準備できなかったら、それなりの償いをして貰おう」

 

 その言葉が聞こえた後、俯いた顔を上げると2人の姿は無かった。

 もちろん母親の姿も、残していった死物も。


 俺は叫んだ。人の居なくなった家で、母親の死を悲しんだ。


——母親は本当の親では無かった。俺を本当の子供の様に育ててはくれたが、お互いどこか心の溝があった様に思う。

 それでも俺は母親はこの人しかいないと信じていた。しかし最近は口数も減って、母親の事を避けるように暮らしてしまっていた。くだらない反抗期だ。


 もっと感謝の言葉を伝えるべきだった。もっと母親の手伝いをするべきだった。もっと一緒に暮らしていたかった。


 20万ゴールドを支払えなければ、俺も明日死物となるだろう。しかしそれは絶対に回避してみせる。母が守ってくれた命を、俺が放棄してなるものか。


 大金だ。しかし、払えない額では無い。

 俺はバンディッド・ノアの息子なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る