2日目―② ボクと幽霊とゲームセンター


「うわぁ〜っ!ここが『ゲームセンター』なんだね!広い!五月蝿い!!」

「おお、そうだぞ。薄暗いからはぐれんなよ」


放課後。彼女の希望に応えるべくゲームセンターを訪れたボクは、目を輝かせて興味深そうにゲームを見て回る彼女にそう声をかけつつ、ゲームセンター内を彷徨いていた。ボクも、ゲームセンターを訪れるのは久しぶりだ。昔は、もっと訪れてたような気がするが、と、そんなことを考えたところで、なにか余計なことまで思い出しそうになったので、考えるのをやめた。そんなことより、今は物理的にも精神的にも浮ついている幽霊のお守りを優先しなければ。いつの間にか彼女はボクの頭上から姿を消している。一体何処に行ったんだ、と焦ったのもつかの間、真白の物体が、とあるクレーンゲームのガラスに張り付いているのを見つけ、ボクはそちらの方へ足を向けた。どうやら市井波音は、クレーンゲームの景品であるどこか不細工で可愛いぬいぐるみに目を奪われているらしい。可愛らしい顔をでれりと崩して、じっとぬいぐるみを見つめていた。

「なんだ。それが欲しいのか?」

「わっ!びっくりしたぁ」

「そんなにびっくりしなくていいだろ。で?欲しいのか?欲しくないのか?」

そう問い掛ければ、彼女はうろうろと視線を彷徨わせた。なにやら迷っているらしい。欲しいなら欲しいでいいのに……そう思いつつ彼女の返事を待っていれば、やがて彼女は、こくりと小さく頷いた。よしきた。

「任せとけ。ボクが取ってやるよ」

「え、でも……」

「いいから見とけって。ボク、けっこうクレーンゲーム得意なんだ」

なんて、そんなの嘘だ。ボクのクレーンゲームの腕前は、可もなく不可もなくってところ。だけどこうでも言わないと、彼女はボクに申し訳ないと思ってしまうだろう。嘘も方便ってやつなのだ。

頼むから上手く取れてくれよ、と願いつつ、ボクはクレーンゲームに100円を2枚、投入する。種類はどれも同じようだから、とりあえず落とし口に近いものに狙いを定めて、クレーンを動かした。

この筐体は、3本のアームで景品を掴んで落とし口まで運ぶ、というもののようだ。確か、持ち上がるのは持ち上がるが、アームの掴む力が弱く、すぐにぽとりと落としてしまう、という仕様だったように思う。確率機、と呼ばれるものが多く、ある一定の額までお金をつぎ込めば、アームの掴む力が強くなる……という話を聞いたことがあるような気もする。小遣い制の高校生が挑戦するには少々ハードルが高い気もするが、致し方ない。隣で固唾を呑んで見守っている幽霊に、早いとこ成仏してもらうための資金だと思えば、安いような気さえしてくるものだ。とはいえ、散財してしまうような事態は避けたいが。と、まあ、こんな心意気で臨んだクレーンゲームだったが、やはり、可もなく不可もなく、という程度の腕前では、あっさり景品を獲得することは叶わなかった。早くも千円が、この筐体の中に吸い込まれており、ボクは渋々、一度目の両替に向かう。

「ね、ねえ……無理は、しなくていいんだよ?」

「五月蠅い。アンタは黙って見てろ。絶対取ってやるから」

後ろで幽霊がなにやら喚いているが、知ったことか。なんだかボクのほうが燃えてきてしまったようだ。久々のゲームセンターに浮足立っていたのは、ボクも同じだったのかもしれない。両替機に突っ込んだ千円札が、じゃらじゃらと音を立てて100円玉に変換されて吐き出されたのを引っ掴むと、ボクは再び、不細工なぬいぐるみの前に陣取った。勢いよく100円玉をねじ込むと、アームを操作し、クレーンをぬいぐるみの真上まで持っていく。今度こそ、取れてくれよな。そう念じて、クレーンを降下させるべく、勢いよくボタンを押した。クレーンは回転しながら降りていき、ぬいぐるみをがしりと掴むと、そのまま上昇していく。ここまでは、今までと同じだ。この後、このクレーンは力を無くしたかのように、ぽとりと景品を落としてしまうのだ。が、今回は違った。アームは力強く景品のぬいぐるみを掴んだまま、落とし口の真上に移動する。隣で浮いている幽霊の瞳が、喜びできらりと輝いたような、そんな気がした。やがて景品は落とし口の中に吸い込まれ、景品を獲得したこと告げる軽快なファンファーレが、ボクの耳に届いた。

「や、やったあああああ!すごい!すごいよ一ノ瀬さん!!」

幽霊が耳元できゃんきゃんと騒ぐのを聞きながら、ボクは景品を取り口から出す。腕に抱えて丁度いいサイズのそのぬいぐるみは、やはりどこか不細工な顔つきで、いったい、これのどこがいいのかは分からない。だけど、それを見せたときの彼女の喜びようを見ていると、まあいいか、という気持ちになった。欲しいと言った本人が喜んでいるのだから、それでいいじゃないか。

「ありがとう、一ノ瀬さん!」

そう言って無邪気に笑う彼女の笑顔は、生前、教室内で他人に振りまいていたそれと何一つ変わりなくて。ボクは一瞬、生身の彼女とゲームセンターに遊びに来たような、そんな錯覚を覚えてしまう。それくらい、死んだ彼女と生前の彼女の笑顔に、違いは見当たらなかったのだ。

どうして、なのだろう。

どうしてコイツは、死んでもなお、生きていたころと同じように笑えるんだ。昨日は友人を前にして、悲しそうな顔をしていたというのに。

彼女の浮かべた表情はまるで、自分が死んだことを仕方ないことだと言いだしそうな、そんな笑顔だった。

その事実に気付いた時、ボクは背筋が、ゾクリと戦慄いたのを感じた。自分が死んだという事実を平然と受け止めているような目の前の幽霊が、なんだか途轍もなく、怖いもののように思えた。


**


クレーンゲームのあとも、様々なゲームを遊び倒したボクらがゲームセンターをあとにしたのは、随分と日が落ちてからだった。夕日に照らされた道をのんびり歩いて向かうのは、昨日も訪れた、彼女の死体が発見された例の場所だ。花がたくさん供えられたその場所に、クレーンゲームで取ったぬいぐるみを供えに行ってほしい、と頼まれたボクは、ゲーセンを出たその足で、死体遺棄現場へと向かっていた。

隣では、初めてのゲームセンターに満足したらしい彼女が、ぬいぐるみが取れた時と同じようなテンションで、きゃんきゃんと騒いでいる。

「楽しかったー!ゲームセンターってあんなに楽しい場所だったんだ!」

「ボクは疲れたけどな。っていうかアンタ、見てるだけなのにそんなに楽しかったのか?」

「そりゃあもう!ずっと行ってみたかった場所だもん!見てるだけでもすっごく楽しかったよ?一ノ瀬さんは楽しくなかったの?」

「いや、まあ……それなりに、楽しかったけど……」

そう言えば、目の前をふよふよと漂う幽霊は、にんまりと得意げな顔をして笑った。なんだか無性に腹が立つ。腹が立ったので言い返してやった。

「そういう顔してると、このぬいぐるみ供えに行ってやらないからな」

「えっ。それはやだ……ごめん一ノ瀬さん」

幽霊は途端にしょげた顔をした。流石に罪悪感が勝つ。

「……まあ、こんなぬいぐるみ、家に持ち帰っても邪魔だしな。頼まれなくたって供えに行ってやるけど」

「一ノ瀬さんてば優しい!やっぱり持つべきものは優しいクラスメイト……」

「うるさいぞ」

そんな軽口を叩きながら歩けば、現場にはあっという間に到着した。昨日よりも増えたように見える献花の近くにぬいぐるみを置き、手を合わせる。これで用事は済んだし帰ろう、そう思って踵を返そうとした時だ。隣に、どこかで見覚えのある男性が佇んでいることに気が付いた。真面目そうな風貌の男性だ。その男性は、僕に気付いた様子もなく、手に持っていた花束を供えると、先程までのボクと同じように、手を合わせた。その手に巻かれた包帯を見て、思い出す。そうだ。この人は。


「……とう、さん」


市井波音が、か細い声で囁いた。その声に反応したかのようなタイミングで、目の前の男性がこちらを見る。男性―市井波音の父親と思わしきその人は、ボクを見て、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに人の良さそうな笑みを浮かべると、優しい声音で言った。

「こんにちは。波音の、お友達かな?」

その問いに、ボクは思わず横に首を振った。彼女とボクはクラスメイトではあれど、友達なんていう関係ではない、はずだ。

「……ボクはただの、クラスメイト、です。少し、彼女と席が近かっただけの。だから、友達では……」

「そうか……」

ボクのその答えに、目の前のその人は何かを考え込むような素振りを見せる。顎に手を当てているその仕草は、市井波音がなにかを考えている時と全く同じで、彼女と目の前の男性との間にある、血の繋がりを感じさせた。

「ねえ。少し教えてもらってもいいかい?」

目の前の男性が唐突に言う。断る理由もなかったボクは「ボクで答えられることなら、なんでも」と、当たり障りない答えを返した。

その答えを聞いて、目の前の男性は、にこりと優しく微笑みながら、言う。

「学校での、波音の様子はどんなふうだった?君の目から、波音はどんな子に映っていたんだい?」

その問いに、ボクは一瞬、言葉に詰まった。彼女の学校での様子を、ボクなんかが答えていいものなのだろうか。というか、そもそも、この人は、彼女から学校での出来事を、何一つ聞いたことがなかったというのか。

「……市井さんの親である貴方がどうして、ボクなんかにそんなことを尋ねるんです?娘さんと、そんな話をすることはなかったんですか?」

疑問はそのまんま、口から滑り出た。ボクには考えられなかったのだ。例えば、ボクの両親なら、学校での出来事をこと細かく聞いてくるだろう。市井波音の家では、そんな会話が、何一つなかったというのか。

その事実が、どうしても信じられなかった。

目の前の男性も、ボクがそんなことを問うてきたことに動揺を隠しきれなかったらしい。一瞬驚いたような表情を浮かべたが、それはすぐに、人好きのする優しい笑顔へと変わった。いや、苦笑、というべきか。優しいのにどこか苦々しい笑顔を浮かべて、その人は言った。

「いや……うん。そうだな。僕は仕事が忙しくてね。恥ずかしながら、自分の娘と話をする時間すらないくらいだったんだ。家にもなかなか帰れなくてね……」

こんなことになるくらいだったら、もっと家族を、娘を、大事にすれば良かったんだけど。

そう言う男性の声は、分かりやすく沈んでいた。目の縁には涙さえ浮かんでいるような気がしてくる。

そんな男性を目の当たりにして、ボクは、悪いことを言ってしまったと思った。先程のボクの発言は、相手の事情を省みない最低な発言だ。

「す、すみません。そんな事情があるとは知らず、失礼なことを言ってしまって……」

「いや、いいんだ。君の言うことも間違ってはいないさ。僕は仕事を理由に、家族のことを、蔑ろにしてしまっていた。それは褒められることではないからね」

そう言って、男性は寂しそうに笑う。そんな男性に、ボクは、なにかしてあげたいと思った。そう、思ってしまった。

「……ボクが知る限りで良ければ。アイツの学校での様子、お話しましょうか」

男性は、少しだけ口角を上げると、続きを促すようにこくりと頷いた。

さて、何を話すべきか。アイツのことを何か話せと言われて、思い浮かぶのは、クラスの中心で笑っていた姿だ。クラスの誰からも愛される優等生。それが、市井波音というクラスメイトだった。

むしろ、それ以外のアイツを、ボクは知らない。

だからそれを、素直に伝えるしかなかった。

「彼女は、真面目で、優しくて。皆から愛されるような、そんな人でしたよ。少なくとも、ボクの目に映る彼女は、そんな人だった。いつだってクラスの中心で笑ってた。そんな、人でした」

「そうか……」

目の前の男性はそっと顔を伏せた。伏せられた顔に浮かんだ表情を、こちらから窺い知ることは叶わない。ふと、昨日の市井波音の様子が思い浮かぶ。彼女が友人と出会った時のそれと、今の男性の姿が重なって、こんな所にも血の繋がりを感じてしまうのが、悲しくて、苦しかった。

「ありがとう」

不意に男性が礼を言う。伏せられていた顔はいつの間にやら上を向いていて、その顔には、ほんの少し、晴れ晴れとした表情が浮かんでいた。

「いえ……ボクが知っていることを、お話しただけですから」

「それでいいんだ。僕の知らなかった娘のこと、教えてくれてありがとう」

気をつけて帰るんだよ。そう言って、男性はボクに背を向けてどこかへ行ってしまった。

「……一ノ瀬さん……ボクのこと、そんなふうに思ってくれてたんだ……」

「おわ!?びっくりした!急に話しかけんなよな!?」

男性の背中を見守っていると、今の今まで黙りこくっていた幽霊に突然話しかけられて、驚きが口から漏れる。そういやコイツ、妙に静かだったな。どうしたんだと思ってちらりと背後を見れば、彼女は、フラフラとボクに近寄ってきて、そして、ボクの肩に凭れるような仕草を見せた。彼女の腕が微妙にボクの肩にめり込んでいて、ホラーめいたものを感じてしまうが。

「……ありがとう……一ノ瀬さん」

そのままの姿勢で、彼女は弱々しく、礼を言う。そんなしおらしい様子の彼女に、ボクは思わず、狼狽えてしまう。

「……な、なんで、アンタが礼を言うんだよ」

「……なんでも、ないの。ただ……ちゃんと『優等生』の顔、できてたんだなって。安心しただけ」

「……そうか」

彼女の言葉の意味は、よく分からなかった。分からなかったけれど、きっとこれは、ボクなんかが踏み込んでいいものじゃないと、漠然と、そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悲劇の先にはキミが居た 一澄けい @moca-snowrose

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ