4 海。笑って。

 海。笑って。


 ……星。ありがとう。私ね、今、すっごく幸せだよ。(本当だよ。嘘じゃないよ)


 海がそうしてうずくまっていると、ふとそんな海に「海」と優しい声をかけてくれる人がいた。

 その声を聞いて、海はすぐにその声の主が星であることがわかった。声を聞いたから、という理由もあるけど、こういうときに(つまり泣いているときに)海に声をかけてくれる人は、星以外、この世界には誰もいないからだった。


 そこには確かに星がいた。


 最初、そこにいた笑顔の星は子供のころに、初めて星と出会った当時の十歳くらいの星だった。(そのとき、海も十歳の海にいつの間にか変化していた)


 でも次の瞬間、(たぶん、まばたきをした瞬間だと思う)星はいつもの高校生の星になった。(海も同じようにいつもの高校生の自分に戻っていた)


 海は、まだ泣いたままだった。


 そんな海の口元を星は両手を伸ばして、そっと海に触れると、その口の形を『笑顔の形』に無理やり変えた。星は泣いている海の顔を無理やり笑顔にしたのだった。(海はそんな星の行動をただ呆然と眺めているだけだった)

 

 そんな星の行動をいったい星はなにをしているんだろう? と思いながらぼんやりと見ていた海に向かって、星は海にこう言った。


「海。……笑って」


 そう言って、星はにっこりと笑った。


 その瞬間、ずっと星の顔を覆っていたあのくらい靄がなくなった。


 黒い靄が晴れて、その後ろから、『本田星の顔』があわられた。それは間違いなく、海のよく知っている星の『本当の顔『』だった。

 笑顔の星に笑って、と言われた瞬間、海は号泣した。(涙が溢れて止まらなかった)


 泣きながら、ぽろぽろと涙をこぼしながら海はにっこりと笑って、「……うん」と本田星にそう言った。本田星の見ているまで、星の顔の目の前で、海はにっこりと、本当に心の底から、笑ったのだった。

 泣きながら、ぽろぽろと泣きながら、海はようやく思い出すことのできた星の顔の前で笑った。

 その瞬間、海の目の前にいた星は消えて、そこにはなにもなくなった。


 でもそこには、確かに海がいた。


 山田海が、山田海として、確かにその闇の中には彼女自身が存在していた。(溢れ出る涙のように、消えて無くなったりはしなかった)


 それから海は空を見上げた。

 水の底から、とても、本当にとても高い場所にある果てしない空を見つめた。


 するとそこには『星空』があった。


 ……本当に美しい(いつか星と一緒に眺めたあの懐かしい子供のころの思い出の星空のような)満天の星空がずっと、ずっと、どこまでも果てしなく広がっていた。

 その星空の下で、海はぽろぽろと泣きながら、にっこりと自然な表情で笑った。

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