第8話 見かけによらずということですか
「あ-! えすてるさん! こっちこっち!」
トリンが私に気づくやいなやこちらに手を振って呼んできた。今日はトリンも私と同様の隊服を身にまとっている。エステルと身長差が10センチほどあるトリンの体に合った小さめサイズの服である。トリンの愛らしい容貌にとてもよく似合っている。
「トリンちゃんごめんね~お待たせ~」
私はゼオライトの言いつけどおり朝食をとった後、トリンの待つ王宮の玄関口に来た。そこから2人で、昨日トリンと戦ったのと同じ練習場へ向かう。正直殲滅作戦とやらに参加する心の準備など出来ていなかったが、とりあえず今は言われたとおりにするしかない。
「あ~、みなさ~ん! お待たせです~! これで全員ですよね~?」
練習場に先に来ていた騎士達は50人ほどだった。もちろん全員角と尻尾が生えており、ほとんどがエステルより体格がいい者ばかりであった。
「トリン様、エステル様、お待ちしておりました。今日からまたよろしくお願いしますね」
その中でもひときわ体のごつい、怖そうな見た目をした男が近づいてきて私たちに話しかけてきた。
私はその見た目に圧倒され、後ずさりをしてしまった。
「あれ、エステル様どうされましたか? ご体調が優れませんか?」
大きな魔族がよりいっそう近づいてきて顔色を伺ってくる。
(あ、ま、まずい――――)
「あー、えすてるさん、いま、記憶がなくなっちゃってるの! だからちょこっと戸惑っちゃってるかもね!」
「!?!?!?」
「ちょっと!? トリンちゃん!? そ、それは言わないほうがいいやつじゃん!? ゼオとトリンちゃんと私の3人だけのヒ☆ミ☆ツ☆ってやつじゃないの!?」
「へ? これ言っちゃまずいんですか? けど3人だけの秘密とか最高じゃないですか! あ~言わなきゃ良かった~!」
(‥‥この子は本当にどうしようもないアホだ。いい友を見つけたと思ったけど今後の付き合いを考えていかなきゃならないかもしれない)
「そ、それは真でございますか‥‥? あのエステル様が‥‥」
後ろの沢山の魔族達もざわめきだした。だから嫌だったのだ。絶対に今の私は目立ってはいけない。エステルが孤高の存在ならば都合が良いと思って最低限他人と関わらない方が、身の安全にも面倒ごとにも良いと思ったのだ。
「やっ、あの~、記憶がないといってもちょこーっとないかなーってだけなんで、そんな心配しすすぎないでくださると‥‥」
「うそだぁえすてるさん、ほとんど忘れてるじゃないですか~、ぜお様のことも忘れちゃってたし‥‥」
「トリンちゃんはちょっと黙ってて!!!!」
「がーーーーん」
トリンは落ち込んで泣きそうになりながら黙った。トリンが戦闘不能になったのはよかったが、目の前のごつい悪魔は、しばらく黙って考えた後、何か納得したように頷いた。
「どうりで‥‥。あんなに仲の悪かったお二人が共にいらっしゃるのも不思議だと思ったんです。まさかエステル様がそんなことになるなんて‥‥」
(まずい、やらかしたか‥‥!)
私は覚悟をして目をつぶった。
‥‥‥‥が、
「私どもにできることがあったらなんでもおっしゃってください!!」
「エステル様! ご安心ください! 記憶がなくなっても私たちはあなたの味方です!」
「エステル様~私は憶えていらっしゃいますか? 同い年のビフェニルですよ!」
魔族達が一斉に私に向かって話しかけてきた。
「‥‥え。 こ、こんな記憶のない、私でもいいんですか‥!? きっと使えない、役立たずですよ‥‥!」
魔族達は顔を見合わせてお互いにうなづき合ったと思ったら、微笑みながら言った。
「全然、我々はそんなこと気にしませんよ。もちろん今までもエステル様のことはお慕いしておりましたが、今のエステル様はなんというか‥‥以前より親しみやすく感じられます。前はどこか我々など視野に入っていないような感じでしたので‥‥」
「そうですそうです! 俺、ずっとエステル様のこと怖いと思っていたけど、今のエステル様なら仲良くなれそう! 仲良くしましょうよ~!」
魔族達がわいわいがやがやと賑やかになってきた。私は想像の斜め上の反応をされてびっくりしたが、なんというか‥‥嬉しかった。
「皆さん‥! ありがとうございます! こちらこそこんな私ですが、よろしくお願いします」
「はい! もちろんです! ちなみに私は、騎士団長を務めております、ベンゾイルと申します」
ひときわ体格のいい、先ほどから私たちに話しかけていた男はやわらかい笑顔で言ってきた。
「ふふ、あれですね、ベンゾイルさんって、アニメとかに必ず出てくる、こわもてかと思ったら実は一番性格がいい、猫とか好きそうなキャラみたいですね」
「‥‥? あ、あにめ‥?」
「あー! いや、なんでもないです忘れてください」
「へへへ~! えすてるさん、よかったですね~! これってトリンのおかげ!? だよね!? ね?」
「トリンちゃんは黙ってて」
トリンは口をあけてアホみたいな顔をして硬直してしまった。
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