第7話 その作戦は遠慮したいです

 目が覚めたのは朝だった。


 「おはようー、自分」


 ここの世界に来てから二度目の朝だった。あのエステルと交わした会話は本当に現実のことだったのだろうか、全て私の妄想で、エステルと会ったなんてことはなかったのではないだろうか。私は手をグーパーして、今自分にちゃんと感覚があることを確かめた。


 不思議な夢から覚めたような気分だ。しかし今私がこの異世界にいることは変わらない。どうしたってここで精一杯生きていくしかないのだ。


 「時間の流れは全然違う気がする‥‥。夜が明けるまでだから少なくとも5,6時間は寝ていたと思うけど、エステルと会っていたのはそんな長い時間ではなかった‥」


 考えれば考えるほどあのエステルと会っていた世界はわけがわからない。もう二度とあそこに行くことはないのか、それともまた今夜行くのか。



 「ま! うじうじしてるのは性に合わないよね! とりあえず今日も元気に魔王の右腕をやりますかー!」



 私はベットから飛び起き、大きく伸びをして言った。


 ベットの目の前の水面台で顔を洗い、鏡を見た。うん、変わらずエステルはべっぴんさんだ。私よりも。


 私はこの部屋の隅にあるクローゼットを開けた。ここにはエステルの服がしまってある。昨夜ここから寝間着らしき物を引っ張り出してきて、それを夜に着て寝ていたので、次はここからまた着る服を選んで着替える必要がある。


 ハンガーで掛けられた服は、とてつもない量だった。色とりどりのドレスから、よくヨーロッパで見る、町娘のような服まで、様々な服が掛けられていた。どの服にせよ、この絶世の美女ならば全て似合うことだろう。


 「意外とエステルはオシャレさんだったのか~。いつか全部着てみたいな~」


決して日本では身にまとうことのできなかったであろう服たちに目を輝かせながら、さくらは密かに決意した。この世界に来てやりたいことを見つけたのは初めてだった。こういう、何か大切な感情を今まで忘れていたようだった。夢だとしてもエステルとの出会いはさくらに心境の変化をもたらしてくれた。



 今日は昨日着ていたのと同じ、隊服を着る。私もトリンも役職としてはゼオライトの近衛騎士であるらしく、魔王の騎士専用の隊服があるそうだ。


 ノースリーブのように袖のあまりない服に膝丈まで伸びたスカート、そして赤を基調としたマント。あとは手袋と長めのブーツのような靴。これが騎士の正装だ。


 まさに絵に描いたような騎士、という感じで格好良い。細かい装飾も施されており上品さが感じられる服だった。


 ちなみに昨日のトリンの白いワンピースは私服だそうだ。昨日トリンは出勤日ではなく休みであったのに関わらず私との稽古のためにゼオライトに呼び出されたのだ。‥‥意外と魔王の騎士はブラックそうだ。



 私は隊服に着替えると自室を出た。今日はゼオライトに呼び出されているのだ。(今日も)


 なんでも大切な話があるとかで朝一で来いと言われている。おかげで朝食もとらず向かわなければならない。


 ゼオライトに呼ばれた場所は緋縅ひおどしの間と呼ばれる所だ。要は魔王が執務を行う部屋らしい。そうはいっても魔王城は広大で、ここに来て3日目の私では場所もわかるはずもなく、昨日の内にトリンに場所を聞いておいた。


 「きっと‥‥ここね‥‥」


 教えてもらったとおりに来てみると、そこにはどでかい扉と仰々しい兵士が2人いた。


 「これはこれはエステル様。ゼオライト様にご用件がおありでございますか?」


 廊下などでは何人かすれ違ったが、ゼオライトとトリン意外にはじめて話す魔族だ。体格のいい男の魔族。私よりもはるかに背が高く、見下ろされると思わず息を呑んでしまう。


 しかしエステルの中身が別人のようだと悟られるのは問題だと思い、できるだけ毅然とした態度で言った。


 「ゼオライト様に呼ばれて参りました。お目通りをさせていただきたく存じます」


 「そうでしたか! それは失礼いたしました! どうぞお入りください」


 私は笑顔で会釈してドアノブに手をかけた。



 (こ、こわわわわ! 怖かったーー! 敬語の使い方合ってたかな!? 敬語なんて校長室に入るときでさえ失礼しますしか言わないよおおおお! 高校生にはちょっとハードル高いよおおおお! けどめっちゃあの魔族達笑ってたし! 成功よね?)


 尋常じゃなく緊張をした。しかしこの先も緊張する。私は意を決して、いかにも重そうな重厚な扉を開いた。エステルの筋力では造作もなかった。




 中に入ってみると、とんでもなく広い部屋が広がっていた。私の部屋でも十分広かったがその2,3倍はある広さだ。黄金のシャンデリアに高価そうな黄金の置物たち。また部屋は赤を基調としていて、私の隊服とよくマッチしていた。なにかと赤色を使用するみたいだ。


 ゼオライトはその部屋の一番奥、窓の前の机の前に座っていた。ちょうど窓のほうを向いていて、私が入ってきたとわかり、ゆっくり回転いすでこちらを向いた。


 (ドラマかよ!! 何様だこいつ! あ、魔王様でしたね‥‥)



 「やっときたな。遅いぞ。寝坊か、いいご身分だな」


 「っっ! いや十分早いと思いますけど! 大体時間なんて指定してなかったじゃない!」


 「まあいい。それでお前に話があるというのはな」


 ゼオライトが少し間をためて言った。


 「10日後に第三次人間殲滅作戦を実行する。そのために今日からは騎士団全員で集まり、合同訓練をしてもらう。外でトリンを待たせてあるから、朝食をとったらトリンと練習場へ向かえ」


 「え!!!! いや、そ」

 「異論は認めん。決定事項だ。お前も参加してもらう」


 「‥‥‥‥」


 (いややばい。詰んだ。人間の私が人間を殲滅するなんて‥できっこない)


 私は涙目でゼオライトの顔をにらむしかできなかった。


 「わかったら早く行け。お前はもとより俺に逆らうなどできぬのだ。今一度頭に入れておくことだな」


 私はどうすればいいかもわからないままフラフラの足でその場を後にした。

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