蒼に消ゆ (後)

 掌に、ひとひらの雪の花。あの人の髪飾りにぽつりと思い出が零れた。一粒零れ落ちれば、止めどなく。握りしめた髪飾りに顔を伏せた。


「本当にそれで良いのか? お前なら、剣でもいいんだぞ?」


 いつの間にそこに居たのか、喪主の筈の彼は、木の幹に寄り掛かって喪服の参列者を見つめていた。


「…………僕に、師匠の剣は重過ぎる」


「そうか」


 なんとか絞り出した答えに、彼は素っ気なく返す。母親の死を知ってから色んな対応に追われて、ここ数日はろくに寝ていない。無理して身体を動かして、考えないようにしているのだろう。


「泣けよ、ディーン。今日ぐらいは泣いたって、誰も文句は言わないよ」


「隣で号泣されるとな、引っ込むものなんだ」


「何それ? 僕のせい?」


 ディーンは苦笑して首を振って、祭壇の方に目を向ける。僕も倣ってそちらに目を向けた。

 参列者の先頭には、棺に縋り付き涙を零す青竜。静かに立ち尽くす銀髪の大男。泣き崩れる喪服の貴婦人と、彼女に寄り添う赤銅色の髪の青年の姿があった。


「アズラエルは一緒に眠るって言って聞かないんだ。好きにさせてやろうと思っている」


 師匠と契約した青竜アズラエルは、契約者が死んだため、もう長くは生きられない。保ってあと一、二年だという。

 その間に、新しい契約者を見つければ生き長らえるけれど、彼女にその気は無いようだった。


「そう……寂しくなるね」


「ああ」


 平静を装っても、その声は震えていた。

 お腹の中に居た時から、アズラエルの背で空を飛んでいたのだ。ディーンにとっては叔母のような存在だ。


 竜は頑固で執着が強い生き物だ。こうと決めたら、絶対に曲げない。竜のように真っ直ぐに生きられたら、どれほど素晴らしいだろう? そんな事を思う。


 別れを終えた貴婦人が、青年に付き添われて列を離れていく。青竜と銀髪の大男はその場に残り、弔問者を静かに見守っていた。

 遠い聖堂の鐘の音が、澄んだ蒼空に響き渡り、永遠の別れまでに残された時間を告げる。

 ディーンは双剣を棺に納めるつもりなのだろう。僕は意を決して、双剣を手に歩き始めた彼の背中に声を掛けた。


「剣は、君が持っていて。僕がいつか、受け取れる日まで」


 振り向いたディーンは空色の瞳を瞠る。手にした双剣に視線を落とし、どこかホッとしたように「わかった」と応えて口の端を持ち上げた。


 上着の襟にブローチのようにつけた髪飾りが、太陽の光に凛と煌めいた。『それでいい』と懐かしい声が聞こえた気がした。

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