データの価値
「レポートは見せてもらったよ。色々な意味で面白かったよ。なぜ、そう思ったのかを確認したいので質問をさせてもらってもいいだろうか?」
缶コーヒーを飲みながら由紀子さんが口を開いた。
「はい。大丈夫です!」
「まず、ゲームを良くする方法でシークレットボックスから各シリーズの主人公が出てくる確率を上げるとあるが、これの意図はなんだ」
シークレットボックスとは、ゲーム内の通貨を払ってキャラクターが一定確率で出願するシステム、いわゆるガチャのことだ。
「ゲームをプレイしてみたのですが、ゲッツェ、ルナ、アンナ、ジェイドなどの有名キャラクターが全く出現しません。僕はこの中で一体も持っていませんし、正直折れかかっているというか、仕事じゃなければもうやめています」
「なるほど。大体何時間くらいプレイしている?」
「8時間くらいかなと思います」
「続けてくれ」
由紀子さんは一瞬、目を細めて言った。
「はい。なので、これらのキャラクターの確率を確実に手に入るくらいにあげたほうがいいと思いました!僕のように原作のファンはこれでは萎えてしまいますよ」
「なるほど…。結論から言うとそれは論外だ。絶対にそんな変更はできない」
「何故ですか?ゲームをプレイした人は絶対喜ぶと思いますよ!」
「本当に喜ぶと思うか?」
「喜びますよ!だって好きなかっこいいキャラクターが簡単に手に入るんですよ?嬉しいじゃないですか」
「私は喜ばないと考えている。理由は大きく二つある。まず、一点目だが、今からこれらのキャラクターが簡単に出現するとしよう」
「はい」
「苦労してお金を払って彼らのキャラクターを手に入れた人はまずどう思う?」
「仕方ないなって思うんじゃないですか?ゲームのアップデートでも、ドロップ率が変わることはあるじゃないですか。ブレイブ8でもティターンが落とす常闇の剣の確率が厳しすぎたってことで上がったりしましたし。何回やっても僕は手に入れられなかったので、嬉しかったですよ」
「例えば君が、とあるメーカーの服を買ったとしよう。価格は一万円として、ある日その服が五百円になっていたらどう思う?」
「僕は一万円払ってその服を買ったので、損した気持ちになりますね」
「それと同じだ」
「えっ…。でもそれはお金を払った服だからであって、これはゲームのデータですよ?」
「君がどういう価値観を持っていても自由だが、この場合は実際に存在している服もゲームのデータも全く同じだ。価値があると考えているからユーザーはお金を払って、手に入れてくれるんだ」
「でもゲームのデータですよ…」
「それは君がゲームのデータに価値を見出していないだけの話で、皆がそうではない。このゲームのシークレットボックス…面倒だな。このゲームのガチャが月にどれくらいの売上をあげているかわかるか?」
「五千万円とかですかね。」
「先月のガチャによる売上はざっと三億円だ。KPIを見ていないのか?」
KPIとはKey Performance Indicatorの略で、言葉の意味はさておきソーシャルゲームではあらゆるデータのことを意味すると座学で聞いたことを思い出したが、その程度の知識で、実際のところそれがなんなのかは全く僕は理解していない。
「まだ、見ていませんでした。」
「まだ…?まぁいい。三億円というお金をユーザーが払う程度には価値があると考えられているわけだ。わかるか?」
「わかり…ます」
「つまり三億円払った人達に対して今日からはその価値をゼロにします!と宣言をすることになる。これが一つ目の理由だ」
由紀子さんはコーヒーを飲み干すと、少し早口で言った。クールビューティーみたいな感じなのに、結構感情豊かな人だなと僕は能天気に考えたりしていた。
「わかりました。すでに持っているキャラクターの価値が今日からゼロですと言われたら、その人たちは怒ると思います」
少しだけ口元に笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「そうだ。二つ目の理由だが、何故みんなはこれらのキャラクターを欲しいと思うんだ?」
「かっこよくて強いからだと思います。」
「それも間違ってはいないが、他にもある。手に入りにくいから欲しいんだ。」
「手に入りにくいから…?」
「君にも経験があるだろう。子供の頃にカードやシールといったモノを収集してはいなかったか?」
「僕はゲームっ子でしたが、周りにはたくさんいました。」
「うむ。それを自慢されたりしたことはなかったか?」
「ありました。このキラキラのやつはなかなか出ないからレアなんだぜーとかなんとか・・・ああ、なるほど・・・。」
「気がついたようだな。そうだ。希少価値があるから欲しい場合もある。その場合は当然、そのシールでもカードでもキャラは、希少なものでなけれなならん。皆が持っているものは希少ではない。限られた人しか持っていないから希少なのだよ。」
確かにそうだ。基本的に需要と供給によって価値は決まっている。どこにでもあるものはそれほど価値がなく、希少なものは価値が高いのは当たり前だ。
「まだあと30分ほど時間はあるな。私はコーヒーを買ってくるから、5分だけ休憩しよう。その後、また続きをすることにしようか」
コンと、机に空き缶を響かせつつ、ドアを開けて由希子さんは会議室を出て行った。
正直、なんでこんな単純なゲームに皆がお金を払うのか僕にはまだ理解できない。このゲームはストーリーはスキップできてしまうし、何の節操も無くいろいろなシリーズのキャラクターが共存してしまっている。
何故というワードが僕の頭の中でぐるぐると回っていた。
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