ソーシャルゲームのおしごと

ken the 365

運用ってなんだ?

 大きなビルを見上げてぐっと気持ちを入れる。

 面接で何度も訪れたビルではあるが、正式に社員として来るとなるとやはり気持ちは引き締まる。

 僕はここで、ゲームを作る。


 エスカレーターを上がり、慣れてない素振りを見せないようにセキュリティゲートにカードをタッチして抜ける。

 エレベーターに乗り、今日からぼくが所属する会社、エンシェントのロビーを抜ける。

 大きめの会議室に入り、自分の名前のプレートを探す。

 東慶悟と書かれたプレートを見つける。そう、これが僕の名前。今日からゲームの開発者になる僕の名前だ。


「席に着いたら執務室に入室するためのカード、パソコンと付属品、それから配属先が書かれた書類を確認してください。昼ごろに配属先のメンターが迎えに来ることになっているので、パソコンを開いて指示通りにセットアップを済ませておいてください。」

 人事担当者の声が響く。

 入社したのは1ヶ月ほど前、研修で簡単なビジネスマナー、この会社-ユアゲームズ-の各部署がどういった仕事をしているかを社員の方が説明してくれた。その上で、希望する部署を決め、今日がその配属がわかる日ということになる。

 ただ、基本的には希望が通ると聞いていたし、実際に説明した人事担当者もそのように言っていた。

 ただ、僕は熱心に説明してくれる社員の方には申し訳ないと思いつつ、配属先は入社前、というか志望した段階から決めていた。

 20年の長きに渡って、ユーザーに愛され続けている(僕もその一人だ)ブレイブサーガシリーズを作る第一開発部、通称D1に入ってシリーズに関わることだけしか考えていなかった。将来的にディレクターになってこのシリーズを作ることこそが僕の夢!障害の目標なのだ!

 早くチームに合流したい気持ちを抑えて、パソコンのセットアップを僕は始めた。夢中で設定を行っていると、時間はすぐに過ぎていった。

 Slackのアイコンを実家の猫の画像に設定し終えた時、に後ろから声が響いた。

「アズマ、アズマケイゴはいるか?」

 よく通る声、女性だが僕とそう変わらない身長で、美人ではあるが、眼鏡の奥の目つきが鋭く、トラみたいな人だなと僕はぼんやりと考えていた。

「アズマ!いるのか?」

「は、はい。アズマではなく東です。方角の東です。」

「すまんな。東か。振り仮名がないから間違えてしまったよ。私は佐藤由紀子という。君のメンターというのとになる。セットアップは終わったか?」

「はい。終わっています。」

 正直、僕は自分のメンターが女性になるとは全く思っていなかった。女性が増えているとはいえ、ゲーム制作の現場にはまだ男性が多く、実際に新卒採用でも女性はまばらだった。

 佐藤由紀子という女性は172センチの僕とそう変わらず、端的にいうと美人だった。ただ、目つきは若干鋭く、言葉遣いもとても淡々としていて、なんとなく虎みたいなだなと思った。

「そうか。とりあえず、フロアに上がろう。12時にメンテが明けるからそれまでに一旦席に戻りたいんだ。あと、私のことは佐藤ではなく由紀子と呼んでほしい。うちのチームには佐藤が三人いるからそう呼ばれているんだ。」

 今日はブレイブのスピンオフタイトルのリリース日だから、ダウンロードサイトのメンテナンスでもあるんだろうかと思いつつ、僕は椅子から立ち上がった。

「君はどんなゲームが好きなんだ?」

 エレベーターに乗った時にふいに由紀子さんが訪ねてきた。

「そうですね。ブレイブシリーズのように綿密な世界観を持ったゲームが好きなので僕もそういう作品でみんなを感動させたいと思っています!」

「感動する作品、か。なるほど。」

 そう言って由紀子さんは少し息を吐いたように見えた。

 エレベーターが止まり、外に出る。扉にカードをかざして、扉を開けると由紀子さんは足で扉を引っ掛けながら口を開いた。

「ようこそ第二開発部へ。今日から君はソーシャルゲームの運用の一員だ。」

 この人は第二開発部と言った!第二?僕はD1に配属されるはず…。そして運用?どういうことだ…。


「東、ちょっといいか?」

 混乱しつつも、自責にパソコンを置いて、荷物を整理していると由紀子さんから声をかけられた。

「あ、はい。何か必要なものはありますか?」

「いや、ない。この部署の説明と仕事内容などを説明したい。まぁ、色々聞きたいこともあるだろう。」

 近場の会議室に入ると、由紀子さんは缶コーヒーを飲みながら口を開いた。

「さっきも言ったがようこそ第二開発部へ。ここは、ゲームの運用をしている部署だ。先ほども言ったが私は佐藤由紀子、運用チームのディレクターをしている。」

「はぁ、運用?ですか。僕はあまりそういったゲームをやらないのですが、具体的にどういうことをしているんでしょうか。」

「そうだな。あまりピンとこないかもしれないが、簡単に言うと運用というのはゲームのアップデート、イベント作成、カスタマーサービスといったゲームをリリースした後の工程のことだな。」

「なるほど…。理解はできた気がするんですが、ちょっとまだピンとはきていないですね。」

「まぁ馴染みがないだろうからね。おいおいわかると思う。」

 由紀子さんは一息ついて再び言葉を繋いだ。

「東、不本意に感じているか?君はD1に配属を希望していたんじゃないのか?」

 真っ直ぐ目を見て質問をしてきた…。

「あ、えっと不本意というわけでは…」

「取り繕わなくていい。新卒で好き好んで運用に行きたいという人間はそうそうおらん。」

「そうですね。正直D1に行くものだと思っていました…。」

「正直でよろしい。ただ、まぁ配属は配属だ。どうしてもという場合は私から人事に話すことはできるが、何もやらずな向き不向きの話しをしてもアレだから、いったん仕事はやってみてほしい。」

「わかりました…。」

「君の担当するゲームはブレイブサーガ タクティクスだ。ブレイブシリーズのキャラクターがクロスオーバーするゲーム、所謂ソーシャルゲームと呼ばれるものだな。内容は口頭で説明するのもなんだから、数日ほどプレイしてみてくれ。そして、改善点やゲームを面白くする、収益を上げる方法などをレポートしてぬれ。形式はなんでもいい。」

「やってみます。」

「では頼んだぞ。次のmtgがあるから、私はここで失礼する。」

 残った缶コーヒーをぐっと飲み干すと、器用に缶を指に挟んだままでドアを開けて部屋を出て行った。

 正直言って、全くモチベーションは上がらないというかほとんど無の状態になってしまった。怒られない程度に仕事をこなして、当たり障りのない感じで異動を願い出ようと考えて、僕は席に戻った。

 スマホでゲームをダウンロードした。ブレタクという名前がついて、ブレイブ3のヒロイン、アンナがウインクをしたアイコンを見て僕はため息をついた。

 アンナは裏路地で主人公から財布をすり取るのころで出会う。スラムで育ったこともあり、主人公も含めて他人を全く信用していないが、冒険を通じて主人公や仲間たちには少しずつ心を開いていくキャラクターなのだが、なぜそのキャラクターがウィンクなどをしているのか…。

 僕は途方に暮れながらゲームをスタートした。

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