水品さんの終わりかけた恋模様


 木曜日。

 いつも通りの朝を迎えていつも通りに学校生活を謳歌した後に弥生は水品の在学する大学へ来ていた。

 男物の服を着て帽子を被り眼鏡をかけ、傍から見たらわんぱくな中高生に見える外見の装いをした弥生は大学前にある喫茶店に居た。

「水品 幹人さんでよろしいでしょうか?」

 対面する少々戸惑いを隠せないでこちらを数度見ては怪しんでいる白鳥の恋人であるところの水品に向かってそう問いかけた。

「あ、あぁ、そうだけど」

 外見からして素朴で気弱な様子の水品。

 注文したブラックコーヒーを飲みながらこちらの問いに答え、問い返す。

「君は、一体誰なんだい?」

「僕ですか?僕は白鳥の友達で心枝 卯月ですよろしく」

「小鷹ちゃんの友達?」

「そうですそうです!僕にも彼女が居てですね、最近妙に彼女から距離を置かれていて冷めている関係になってたんですよ。そんな時、同じ境遇にあった白鳥に会いましてね、もし良かったら二人でお互いの恋人との縁を元通りにするお手伝いをしようと僕から声を掛けたら乗り気になってくれて僕もこうして白鳥と水品さんの仲を元通りにしようとここへやって来た訳です」

 平然と機関銃の様な速さで嘘をつき続ける弥生に対してその平然と吐き捨てる嘘をどうやら信じてくれた様で水品の方はどこか納得したような、そしてホッとした様な表情をしていた。

 どうやら水品は弥生が白鳥の新しい彼氏で嫌がらせも込めてここへ来させたのではないかと思っている様だった。

 そしてその事を予測した弥生はそれとなくの否定と共に白鳥との友好関係を示して水品の安心感を確固たるものとさせていた。

「そうだったのか、いや、ゴメンね。最近小鷹と会う機会が無くてつい君を新しい彼氏だと思ってしまってたから・・・・・・そっか、そうなのか・・・・・・」

「謝る事は無いですよ、初対面だったら尚更警戒してしまうのも無理はないですもん」

 言葉を介して徐々に水品の人間性が垣間見えてくる。

 素直で臆病でそれでいてどこまでも真面目といった人間としては誇らしいまであるその人間性。

 水品の事も分かってきた処で弥生は白鳥についての質問に拍車をかける。

「それで、どうして白鳥と距離を置く様になったんですか?水品さんの性格からして二股をかけているとは思えないんですよ」

 急激に冷め切ったその言葉に冷汗を垂らしながらも水品は素直に答えた。

「このままでいいのかなって思ってさ・・・・・・」

「どういう事ですか?」

 コップの淵をなぞりながら不安で押し殺されそうな声で水品は答える。

「小鷹との付き合いは本当に楽しいんだよ!これは本当だ。今も思ってる・・・・・・でも疲れちゃうんだよ」

「・・・・・・」

「小鷹の為に小鷹の為にって色々と気を回して付き合っていたからさ・・・・・・僕にとって小鷹が初めての恋人だったんだ。だから何が何でも彼女を幸せにしてあげたかったんだ・・・・・・でももう無理なんだよ・・・・・・」

 人に気を使う事は神経をすり減らして体力ではなく心を摩耗していく。

 そんな生活を幾度となく白鳥と送り続けた水品の心はもう無くなってしまっていた。

 そうして摩耗しきった心を前にして水品は白鳥との付き合いを有耶無耶にし始めて現在の崖っぷちの状況まで引きずり出されてしまっていた。

「小鷹には申し訳ないけど僕には荷が重すぎたんだよ・・・・・・初めての恋でここまで疲れるなら恋なんか・・・・・・小鷹と恋人になんか――」

 バシャッ!

 手元に置かれていたお冷を弥生は水品に向けてぶっかけた。

「それ以上言ってみろ、お前は本当の屑に成り下がるぞ」

 千円札を机に置いてから俯いた顔の水品の襟を掴んで弥生は店を後にする。

 喫茶店からすぐ曲がった所の路地裏の壁に水品を叩きつけて冷めきった声で吐き捨てる。

「お前が白鳥との付き合いをどう思ったっていい、だがな、声には出すな、屑に成り下がりたくなければ声にだけは出すな」

「どうしてさ、それに君には関係ないだろ・・・・・・」

 弥生が握る襟に力が籠る。

「言葉ってのはお前が思っている程優しいもんじゃねえんだよ。吐けば楽になるが一生消えない傷になる。お前が白鳥と付き合って思った事。感じた事を今ここで吐いてみろ、白鳥の関係を戻す事が出来なくなるぞ」

「もう戻せないよ・・・・・・僕から離れたんだ。もう戻れるわけ無いよ・・・・・・」

 涙ぐむ声で口にする。

 戻りたくても戻れない、そんな場所へ辿り着いてしまった水品は後悔していたのだ。

「なら僕が助けてやる」

「どうして・・・・・・」

 水品の襟を引き離してその勢いで壁にぶつかった水品を尻目に弥生は言葉を紡ぐ。

「お前がどう思おうと他人は関係ない、お前が言葉として吐かない限りは関係ないんだ。ならお前が吐かない限り僕は彼女の依頼を遂行するまでだ。いつも他人他人の世間馬鹿野郎の為じゃなく何も知らない純粋に恋愛している彼女の為に仕方なく助けるんだ」

「それって――」

「日曜日のお昼に駅」

「え?」

「それまでお前の気持ちは絶対に吐き出すな、前に戻りたいなら・・・・・・それではさようなら~~」

 最後にはいつも通りのお気楽な声で水品に向かって手を振りながら背を向けて帰って行った。

「面白くね~のな僕・・・・・・」

 少々気が立っていたと我ながら思う弥生はそう呟きながら水品の前から消えていった。

「なんなんだよ・・・・・・クソッ!」

 たった二十分。

 弥生に会い、こんな事にまで引きずり出された水品は困惑していた。

 いつの間にか弥生に心開いていた自分が居た事に、そして弥生の言葉に若干助けられたと思う自分に腹が立ってしょうがなかった。

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