理事長の教育者としての立場

 一年前。

「君はいったい何しているのか分かってるのか!」

 何も変わり映えのしないただ人を怒鳴る事で従えようとするその態度に理事長である三日月みかづき 夜空よぞらは飽き飽きしていた。

「何がいけないんですか?彼の成績は学年でも上位。何も問題はないでしょう」

 三校合併を提案した本人であり元女子高の校長を務めていた夜空は現在。合併後の川城高校で理事長の席に座っており、今は入学者選定の為の職員会議の真っ只中であった。

「あぁそれに関しては問題ない。だがこの生徒は礼儀という者が成っていない!真剣に受験をしに来た他の生徒の前で堂々と性別とは違う服を身にまとい試験を受け、その上面接にまでその服でやって来た。こんなやつを入れる意味が分からない!」

 校長である中年男性の怒声に冷たくあしらうように

「貴方は教育者という立場でありながら差別をするのですか?」

「何を――」

 溜息交じりに夜空は言葉をかさねていく。

「最近では自分の産まれ持った身体の性に対して心の性別が一致しないといった性同一性障害というものが問題となっています。これに関してはご存知でしょうか?」

「・・・・・・それがどうしたというのだね」

「貴方はそういった人を受け入れずに排除するのですか?もしかしたらこれからより良い未来を導いてくれるであろう若者たちを貴方は独断と偏見の差別という鎌で未来を断罪するとおっしゃるのですか?」

 夜空の言葉に校長が二の句が告げない様子でいると奥の方に座っていた若い職員が立ち上がり

「理事長の言う事も一理あります。ですが今は学校の秩序を守るべきです。伝統ある三校が合併した今、この資料に載っている心枝 弥生という規格外の生徒によって秩序を乱しかねない状態にあるのです。それともここでそんなリスクを負うメリットがあるというのでしょうか?」

 その言葉を待っていたという顔つきで夜空は答える。

「メリットか・・・・・・こいつは性という面でも性格という面でも中立の立場に属している。そんな奴に生徒の相談役を頼んだら良い方向に学校は向かうのではないかと私は思っている。こいつがこの川城高校に入れば今までの腐りきった思想が崩壊していくだろう、以前から私は思っていたのだが学校というのはどうも頭が固すぎる。勉学に励む場だと言うのは重々承知だ。だがそれ以上に彼らには青春を送ってもらわないといけない、笑って悩んで悔やんで、そう言った今でしか感じ取れないものを彼らには感じ取ってほしいと思う、その上で彼はそんな学校を作り上げる為に必要不可欠な存在であると私は断言するよ」

「ならばもし、心枝 弥生さんをこのまま入学させたとして問題が起こった場合はどうする気ですか?」

「その時は・・・・・・そうだなあ」

 全てを変えたいと思っていた夜空の身勝手な願いを弥生に託したのだ。

 ならばこちらもそれ相応のものを背負う覚悟はある。

「私が辞職してやるよ」

 室内に居た誰もが驚愕し騒めき始めた中、二人だけは笑っていた。

 若くして教育理念が何たるかを理解したと自負する道明寺どうみょうじ かいと教育という者に呆れ、革命を起こすためにその身を代償として差し出す事を決めた三日月 夜空の二人だけがこの世界一物騒な職員会議の場でただひたすらに己の目指す教育の在り方をその手で掴み取ろうとしていた。

 一年後。

「やはや、私が大見得を切ってから一年が経ってしまったね魁先生」

 理事長室のソファーで相対する二人の教育の獣。

「今のところは貴方の望むとおりに事が進んでいますね。さすがは理事長ですよ」

 張りぼての笑顔で言葉を交わす二人。

「ですがそれも今年で終わりでしょう」

 表情を変えずに言葉を鋭利にして噛みついてくる魁に夜空は余裕のある風貌で

「それはどうかな?彼は君が思っているよりも何倍も人を思いやるいい少年だ」

「そこが駄目なんですよ」

「・・・・・・」

 魁は突っかかる言葉を口にしてから

「他人思いの欠点は自分を思わない事です。今のままでしたら彼は潰れます」

「随分と面白い予想を立てるじゃないか」

「予想ではなく予知です。天才はいつだって自身の利益を重視して動き続けたから成功を導き出した。それと比べて愚者は他人に目を向けるばかりで全てをいつの間にか他人に任せきりになってしまう。今の彼は愚者そのものです。ですので確実に潰れると私は予知できるのです」

 そう言葉を残してから魁はコーヒーカップを机に置いて理事長室を立ち去った。

「さて、それはどうかな?愚者でもなく天才でもない彼は、いや彼らはどちらにだって変われる言わばカメレオンだ。どちらの苦悩も苦労も知っているからこそ間違いは犯さない。私は弥生をそう言う人間だと信じているよ、けれどもし間違いを犯すとしたらその時は彼にとって運命を変える出来事になるだろうね――」

 そうして語り終えるとただ夜空の珈琲を飲む音だけが殺伐としていた室内を現実に引き戻す様に響き渡った。

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