第三章 神の迷宮

第11話 神々の会話

「それにしても、うちの若旦那をどうしてくれる?」


 ドラゴは血だらけで呻いているナユタを見て言った。

 白魔導で止血しようにもこの『アハナ』という空間には魔素が一粒たりとも存在しない。


「この空間には魔素がまったく存在しない。これでは止血もできぬ」

「お前は何を言っているのだ? 魔素がない『アハナ』で魔導が使えぬのは俺も同じよ」


 女神〈フォウセンヒメ〉はそう言った。

 では彼女が放った【剣の舞い】は何だったのか? 【剣の舞い】は魔導の力を用いた剣技である。


「幻視だ。その者が見た剣も、その者が流した血も。その者が感じた痛みも幻覚だ」


 ドラゴがもう一度ナユタを見ると、血だらけであったはずの彼は、傷一つ負っていなかった。幻であったか。ドラゴは呟いた。


「なるほど、そのため神域での戦闘か。

 しかし、アルの家の真言マナは魔素を必要としない。

 女神〈フォウセンヒメ〉よ、お前とて不死ではないはず。『神聖なる剣』で頬を切るだけではすまなかったかもしれぬ」


 女神は何も答えなかった。


「アルの力を侮っておるのか?」

「侮りはせぬよ。おぬしの言う通り俺も不死ではない。死んだらそれまでのこと。ただそれだけだ」



 『アハナ』という空間の向こうに見えた赤い光が大きくなったかと思うと、赤い服を着た少女が現れた。

 少女の名前は〈エスタ・ノヴァ・ルナドート〉である。

 この辺りの国の者が信仰している宗教の主神であり、〈ブシン・ルナ・フォウセンヒメ〉の母神だ。


「『アハナ』は本当に静かな場所ですね」


 〈エスタ・ノヴァ・ルナドート〉が口を開いた。

 赤い服を着た少女である。赤、緑、橙色の3つの石からできた首飾りをつけていた。


かあ様」

「『アハナ』を使うのは、もうやめたらいかがですか?」

「いえ、ここは私にとっては、生まれ故郷のようなものですから」


 赤い服の少女は「そうですか」とだけ言った。


「センヒメよ、そなたはアル家の血を引く一人・ナユタに『恩寵』を与え、アル家の血を引く一人・アラタには『恩寵』を与えませんでした」

「はい。アラタはアル家の血の力に加え、シエルクーン魔導王国の血の力も持っています」

「ええ。そうですね」

「その上さらに『ルナの恩寵』の力を与えれば、彼の精神は崩壊するでしょう」

「2つの強大な力を持ちつつ彼がいま、精神を保っていられるのは〈元剣聖〉ウキグモ・ジョサ・レイクに育てられたからでしょう」


 ウキグモ・ジョサ・レイクとは、アラタの育ての親、冒険者養成所の親方である。


「では我々は〈元剣聖〉殿に感謝しなければならないですね」


 〈エスタ・ノヴァ・ルナドート〉はそう言って、ふふと笑った。


「でもあなたは、アラタ・アル・シエルナと一緒にいますね」

「いま、この世界のバランスがかろうじて保たれているのは、アラタの存在があるからだと考えています」

「センヒメよ、人間界のことに干渉してはならないこと、理解していますね?」

かあ様、母様にそんなこと言われたくありません。母様はいったい何度、人間界に干渉しましたか?」


 そこへ口を挟んだのはドラゴであった。


「あのさあ、母子で語り合うのもいいけど、俺たちはもうこの世界から帰ってもいいですかね?」

「まあ、ニコルさん、お久しぶり」

「おいおい、その名前で俺を呼ぶなよ。ふざけているのか?」


 ニコルとは、この世界では〈エスタ〉しか知らないドラゴの別の名である。


「俺はアル殿に創られた魔導書の精だ」

「では、そういうことにしておきましょう」


 〈エスタ・ノヴァ・ルナドート〉はそう言って、また、ふふと笑った。


「それはそうと、センヒメ、シエルクーン魔導王国の少年王は異界の神と感応を行っています」

「はい。それは存じ上げています」

「それから、あの熊さんにも気を配ってくださいね」


 熊さんとは、ベアー・サンジ・ドルザのことであろう。彼はアラタともナユタとも偶然のように出会っている。

 アル家の血を引く二人の少年に同時期に偶然出会うということがあるだろうか?

 それは、もちろん偶然なんかではないのだろう。

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