第10話 神域と赤い光

 小さな冒険者ギルドである。

 夜になりクエスト完了報告に来る者、食事をしに来る者で賑わいごったがえしている。

 そのほとんどは屈強な男である。

 中には、アラタを見て「よお、自治領主様」とちゃかすように言う者もいる。

 その言葉に悪意はない。彼はこの冒険者ギルドに来る者、もっと言えば、この町の者に愛されていた。


「ところで、俺は〈フォウセンヒメ〉という女神に会いたいのだ」

「(俺に何用か? ナユタ・エルリカ・アル!)」


 ブシン・ルナ・フォウセンヒメは武神、つまり戦いの神である。

 自分のことを俺と言うが、女神である。豊満なボディをしている。

 より率直な言い方をすれば、胸がすごくでかい。


「俺の名前知ってるのか?」

「(当たり前だ。『恩寵』を与えたすべて人間の名を覚えているぞ)」

「前に会った時は、スケスケの服を着ていたと思ったが」


 フォウセンヒメは元々は『水のはごろも』という、ナユタいわくスケスケの服を着ていたのだが、いまは『旅人の服』を着ている。

 アラタに人前に出る時には露出度の低い服を着た方がいいと言われたからである。

 人前に出る時はといっても、女神の姿を見ることのできる人間は限られているのではあるが。


「(何だ、お前は俺の豊満ボディを見に来たのか?)」

「いやそうではないのだ」

「(なんなら『水のはごろも』に着替えてくるぞ)」

「いや、それは別にいいのだ。俺はこの『恩寵』を消してもらいに来たのだ」


 フォウセンヒメはやや奇異な者を見る目つきでナユタを見た。


「(『恩寵』を欲しがる人間は山ほど見てきたが、消して欲しいというのは初めてだ)」

「ひどく迷惑しているのだ。あれ以来、ちょっと気を抜くとなんでも握りつぶしてしまうのだ」

「(迷惑とな? 『恩寵』を消す方法は無くはない)」

「じゃあ、それをお願いするのだ」

「(良いのだな?)」



 女神が念を押すように聞くと、世界が転換した。

 冒険者ギルドで屈強な男達が酒を飲み、がなり立てる声が消えた。

 ――静寂。そして闇であった。

 怖ろしくなるほど、静かな空間に女神とナユタがいた。


「(ここは『アハナ』と呼ばれる空間。神域である)」


 女神はそう言うと、間髪入れずにナユタに攻撃を仕掛けた。

 【剣の舞い】である。剣聖と呼ばれる人間にしか使えないはずの技だ。

 風に舞う雪のように無数の剣がナユタに襲い掛かる。


 ナユタはツツツッと剣をよけたが、よけきれるものではない。

 いくつかの剣はナユタの体をかすり、いくつかの剣は彼の体に突き刺さった。

 鮮血が飛んだ。体のあちこちから鮮血が飛んだ。

 ナユタは痛みに悶え、叫ぶ。


「何をするのだ!」

「(生きておったか、これはすまぬ説明してなかったな。『恩寵』を消したいのであれば、我と戦い勝つのみだ)」

「このクソ女神め! 生きておったかとは何だ。お前に勝てば良いのだな?」


 ナユタはアル家に伝わる真言マナと呼ばれる呪文を唱えた。

 ――【真言・斬・神聖なる剣よ】


 静寂の神域『アハナ』にナユタが唱えた呪文が響き渡る。

 次の瞬間――

 ナユタが呼び出した『神聖なる剣』が女神の頬を切った。

 女神は「(くくく)」と笑った。


「(我の体を斬る者、いったい何年ぶりであろうか?)」


 ブシン・ルナ・フォウセンヒメは、頬を切られたことを喜んでいるのである。

 そこへ猫の姿をした者が現れた。ドラゴである。


「神ともあろうお方が何をしている?」

「(アル家の使役猫が俺を諫めるつもりか?)」

「向こうに赤い光が見えますぞ!」


 赤い光が見えますぞ、ドラゴはもう一度繰り返した。

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