第3話 圧と法無な空間

大久保は最初、その得体の知れない化け物に対して興味津々で撮影をしていたが、自分の存在がバレた途端、襲われるかも知れないという恐怖に駆られて、急ぎ足で退散してしまった。しかし、今こうして目の前に胡乱な者が現われたことにより、更に恐怖が増す一方で、この状況を打開する策を考えていた。一体どうすれば逃げられるのか。いやどうすれば命が助かるのか…。そんな彼女に対して彼は「泊まる場所を提供してくれ。ただでとは言わない。オレがお前のボディガードをする。」という斜め上の回答をしたので狼狽すると同時に、命が助かるかも知れないという一種の安堵感に浸った。そこで大久保はしばらくの沈黙の後こう答えた。


「あっあなたは何者で、どうして私なんかに泊まる場所を提供して欲しいと願うのですか? そしてボディガードをするって、なっ何があなたに出来るんですか? 私にはちっとも分からないです…」


「単純な話、オレは《ここ》では住む場所を持ち合わせていない。だから誰でもいいから一定期間の間…そうだな。最低でも1ヶ月は泊めて貰える所が欲しい。ただで提供して貰うのは虫が良すぎるし、生憎代金も持っていない。だからせめてボディガードなら出来るから、その分の仕事はする…ってところだな。」


「あなた女性なのか。男性なのかも分からないし、そもそも人間なのかも分からない…いきなりそんな話出されても、誰が…」


大久保は誰がそんな交換条件を出したところで受け入れるんですか?と言いかけたが、最悪命を奪われかねない状況にあるから安易に言うことが出来なかった。むしろこの提案を飲んだ方がいいのではないか?と自問自答を繰り返す。その結果こう答えた。


「いいですよ。丁度独り身だし、寂しいところだったし、誰かと大切な時間を共有するのも悪くは無いですしね。案内するのでついて来て下さい。」


結果、彼女は断ることが出来なかった。ただ彼女自身、所謂かまってちゃんでもあったのことも災いして、この提案を受け入れることにした。


【ひとつ思ったんだけど彼女、私の口臭になんも反応示さないのにまず驚いてるんだけど!】


「オレのこの姿に驚いててそれどころじゃないんじゃね。何思ってるか分からん。表に出してることが全てではないしな。臭いと思ってるかも知れんし、そうじゃないかも知れんのは分からん。ただ交換条件飲んでくれた訳だしついて行くぞ。」


小声でやり取りしていた。大久保に聞かれない程度に。


程なくして辿り着いたのは小さな一軒家だった。中は1LDKといった広さだった。

玄関で靴を脱ぎ、客間の洋室まで案内された。

「ようこそ、我が家へ。」


「なるほどな、オレの家より狭い。」


【第一声がそれかい!失礼じゃん。】


「狭いでしょうけど、寛いで下さいませ。お茶でも飲みますか?」


「お茶か…好きだ。」


【お茶知ってるのにも驚きぃ。】


「あーそうだった。これはいらないなっ。」


そう言って背中から生えてた羽を折り畳んだ。


「お茶はオレの故郷でもよく飲まれているぞ。そもそも成り立ちとして第792の世界は第9の世界を元にして構築されたと言われているからな。共通項を探せば山ほどあると思うぞ。」


【さらっと衝撃的な事実を言うな! えっ、第792の世界とやらとこの世界でそんな繋がりがあったの?】


「まあそれも追々話すとしようか。」


茶碗に注がれたお茶を茶台に乗せて、大久保は運んで来た。


「どうぞー、召し上がれ。」


「かたじけない。」


するとアグノは手馴れた手つきでお茶をごくごくと飲み干した。

それからアグノはかくかくしかじかここに至るまで何があったのか、大久保に細かく伝えた。同時にアグノと竜子の自己紹介もした。


「さっきの煙って葛城さんとの戦いの最中に起きたもので、そこでアグノさんは傷ついたけど今になって傷は癒えたと。そしてその葛城さんという方は取り逃したという形ですか。。。そして竜子さんは自殺すると置き手紙を家に残したから家に帰れない。それをそのドラゴニックアーツ?とやらで読み取っていたから泊まる場所がないということに気付いていた…だから私に声をかけたという訳ですね。全て合点がいったわ。」


「という訳で1ヶ月ほど世話になります。よろしくお願いします。」


「はい。こちらも全力でサポートします!」


【物分りがいい人で助かった汗】


「時間も遅いですし晩御飯にしますか?」


「そうだな。この世界の飯をまだ食ってない。どんなご馳走が出てくるか楽しみだ。」


「驚きの連続で疲れてますよ…異世界から来た竜人と自殺志願者の大学生といきなり生活することになるって、正直いちいち反応するのも疲れてきました…。」


「けどアグノさん意外と良い人そうでよかったです。この世界で分からないことがあったらいつでも聞いて下さい!」


「おう」


「あと大久保さんよ。さっきの撮影したというやつ。あれを公開するのだけは止めてくれよ。」


大久保はギクッとした。


「えっ…えええ。」


「竜子が困る。見た目が羽が生えて痣ができてる竜子だから、この姿が世に出回るのだけはなんとしてでも阻止しないといけない。だから約束してくれ。今すぐその映像は消して欲しい。」


「せっかく大スクープになると思ったんだけどなぁ。仕方ないなー。後で消しておきますね。」


「よろしく頼む。」


【カメラの存在まで知ってるの?】


「あぁ、古典的技術だがオレの世界でも骨董品として存在しているよ。」


【ふーん。】


竜子はますます第792の世界と第9の世界の繋がりが気になっていた。


一方そんな頃、そこから数キロは離れているであろう小高い丘の上に、1人の少女がいた。綺麗な黒髪を靡かせながら丘にある岩の上に座っていた。


「月が綺麗ね。」


【シャロン様。もう外は夜です。早く小林さんの家に帰りましょう。】


「カイエンよ。まあ葛城の今日の成果を一応聞いておきたいわ。。。あまり期待してないけれど。」


すると丘の上に物音一つ立てることなく女性が現われた。

葛城だった。


「シャロン様。ついに見つけました。」


「まさかアグノを?」


「本人は名乗りませんでしたが、焔の痣が確認出来たこととドラゴニックアーツを使って来ました。そしてシャロン様の名前を知っていました。本人と断定しても良いと思われます。」


「なんで連れてこなかったの…。」


「あやうく私が命を落とすところでした。間一髪のところで逃げてきました。申し訳ございません。」


「明日その場所まで案内してくださる?」


「かしこまりました」


【遂に現れたか…アグノ】


「どうせ追ってくると思ってたわ…彼を説得しなければね…。今後は忙しくなるわ…。」


その丘の上では、その少女から只者ではない圧が発せられていた。

とても常人では耐えられないであろうものだった。

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