第2話 蚊の如き訪問者

 アグノは公園から遠ざかろうと歩いていた。

 ここに居ても特にヒントになり得るものがないと判断したからであろう。


「そういや聞いてなかったけど、君の名前は?」


【堺竜子だよ。】


「へぇ。竜子か。カッコイイ名前じゃないか。」


【逆に聞くけどあなたの捜してる王女と妖術師の名前は?。】


「シャロンとザクトって名前だね。」


【それでこの世界のどこにいるか見当はついてるの?】


「オレがここに着いたより1分~1週間早くここに辿り着いただろう、という憶測のみだ。それ以上の情報はない。」


 竜子は辟易した。そんな乏しい情報源でどうやって捜すのか?。何らかの目星がついてるならともかく、何もないのにこれからどうするというのだろうか。この状況に唇を噛みしめたくなった…が、出来ない。

 体の自由も奪われている現状、アグノの素性もよく分からない上に、得体の知れない化け物に身を乗っ取られているという恐怖が今になって押し寄せてきた。人は急に意図していないことが起きると冷静になると言うが、さっきまでがそれだったのだろうと竜子は感じた。こんなやつに手を貸していいものなのだろうか、些か疑問に感じたが、今更どうこうできるものではないし、状況を転がす手段も何もないし、そもそも自殺する気でいたからどうにでもなれと流れに身を任すことにした。


【そんな情報だけでどうやって…】


 竜子がそう言いかけた次の瞬間、後ろから弓矢とおぼしきものが飛んできた。そして間一髪のところでアグノは弓矢を躱し、その弓矢は目の前の木に刺さった。


「よっと…危ないところだった。」


【一体何が?】


 突発的な出来事に、竜子は驚きを隠せなかった。

 アグノは周囲を見渡すが、誰も見あたらない。


「誰かがオレの命を狙っている…とでもいうのか、あの世界からオレ以外に来たとするなら、シャロンとザクトだけのはずだが、オレを消そうと企んでるならやつしか居ないだろう。ザクトだ。追っ手は排除する思考だろうからな。もしくは…考えたくはないが、シャロンがこの世界で〔養殖〕した結果出来た手下か、そのどちらかだろう。」


 竜子は独り言をブツブツ呟くアグノの言っている話があまり理解出来なかった。養殖ってなんぞ?と疑問をぶつけたかったが今は堪えている。アグノの思考を濁したくなかったからである。


 次の瞬間、背後から声が聞こえてきた。


「貴殿、名はなんと言う?」


 艶かしい女性の声が聞こえてきた。

 アグノが振り返ると、そこには眼帯マスクをつけ、長身でグラマラス、黒い長髪の20歳ほどの見た目の女性がいた。


「んな…。背後からいきなり弓矢放ってくるやつに名乗る名なんてねーわ。」


【アグノそれでいいの?】


「私は葛城恵子だ。私は焔の痣をもつ竜人を捜しているところだ。そして貴殿が持つそのあざこそが、私が捜している竜人の特徴と一致している。そこで貴殿に声をかけた次第だ。」


【焔の痣?なにそれ。】


「今、お前の顔には焔の痣が出ている。これは以前、ここに刻印されたものだ。そしてこの痣のことを知っているのであれば、シャロンと繋がりがあいつにはあるとみていいだろう。話し合う価値はあるかも知れないな。」

 と小声でアグノは応える。


「ところで葛城さん。その捜している人とこの痣が似ているようだが、ひとつこちらから聞いていいか?。」


「なんだ?」


「あんたシャロンって知ってるか?」


 葛城は驚愕に満ちた顔をした。そして喜々とした表情を浮かべた。


「ええ。もちろん。私はまさしくシャロン様のご命令により、動いております。その名が貴殿から出てくるということは貴殿こそが私が捜している…」


 その返事を待つことなくアグノは行動に出た。


「ドラゴニックアーツ第1の技、烈火拳!。」

 右手をアグノの手に変化させたうえで業火に包んだ拳で葛城相手に返事を待たないうちにいきなり殴りかかった。


【ちょっと何してんの?】


 竜子はそのアグノの行動におっかなびっくりだった。


 すると次の瞬間、葛城の周囲に白い結界が現われた。そしてその結界に拳はぶつかり、その結界にひびが入った。


「どうやら本物みてぇだな。」


【なに納得してんのさ?】


「今の結界を見ただろう? あれはシャロンが従者に必ず付ける結界だ。あの結界は防御する時に自動で発動するものでな。危機がその結界の加護を受けている者に及びそうになったと認識した時発動する。つまり、シャロンと関わりのある人間で間違いない。」


【随分と手荒なまねをしたね。大丈夫なの?】


「そこまで配慮してない。とりあえず確証が欲しかった」


 すると、いつの間にか周囲には煙が立ち込めていた。葛城がいた方をみるとそこを起点に煙が広がっているように見えた。


「グヘッグヘッ…煙たいな」


【葛城さんはどこへ?】


 そして煙の間から鋭い斬撃が目にも止まらぬ速さで行われた。その斬撃はアグノの肩、脇腹、左の脇に確実にあたり、アグノはよろめいた。


【何やられてんの?最強の戦士じゃなかったの?そして大丈夫なの?】


「かすり傷だ。治癒する。ただオレが最強だったのは元の世界のオレの故郷の国においてだ。あちらならフルスペックを引き出せるが、こちらだとありとあらゆる感覚が鈍る。今の斬撃にも対処出来なかった…。」


 一方その頃、アグノとその煙の様子を見ている者がいた。

「何が起こってるんだろう。」

 眼鏡をかけた彼女はそう呟く。

 彼女は自称珍妙スクープ記者の大久保三木である。

 自転車を止めて、そっとカメラを取り出し、写真を撮り始めた。

「撮影しますか! これは見ておかないと損損!」

 ノリノリで録画を始めた。


 その頃アグノは回復を試みていたが、やはり全体的な能力は、元居た世界より落ちており、回復が遅かった。そんな時耳元で竜子ではない声が聞こえてきた。


「私はここだ!聞こえるか?ここならば貴殿も抵抗できまい!」


「お前…そんなところにいたのか」


 なんとその声の主は耳の中にいたのだ。


 アグノは耳に素早く指を突っ込み、声の主がいるであろう所に対して素早く圧力をかけた。シャロンの加護が発動する間もなく、葛城はよろめき地に落ちたが、地面に落下する直前に背中から羽を生やし、逃げるように消えていった。


「あぁ、せっかくの手がかりが逃げていった…」


【あーあ。てかどうやって耳の中に入って来たんだ…それに加護発動しなかったね。】


「おそらく葛城のドラゴニックアーツだろう。見てて思うに触れた物体の大きさをコントロールする能力があると思われるな。それで自身を小型化させて侵入してきたんじゃないか?あと加護が発動しなかったのは危機が迫っていると認識しなかったからだろう。」


【加護の判断基準が謎すぎるな…。そもそもドラゴニックアーツってなんぞ?】


「オレたち竜人が使える技の総称よ。オレは109個ものドラゴニックアーツ持ちで、オレの故郷じゃ1番の数だぜ。オレの故郷だと使えるドラゴニックアーツの数によってランクが付けられているんだが、オレは最高ランクの〔勇者ランク〕だよ。」


「これからは、奴を捜すのも視野に入れて動くとしようか。」


 そう言った矢先に、ふと自分達を見ている人物がいるのに気づいた。

 眼鏡をかけた女性がこちらをカメラで撮影していることに…。


 すると、その女性も気づかれた!と感じたかのように、自転車に慌てて乗って逃亡を図ろうとしていた。


 その行動を見た瞬間、アグノは背中から羽を顕現させてこう言った。


「あの女使えるかも知れない。」


【どうするのよ?】


「泊まる場所がないだろ?今後の活動拠点を提供して貰うつもりだ。」


【まあ確かに野宿は避けたいものね。それで追っかけるのね?】


 そしてアグノは空高く飛び上がり、高速で眼鏡の女を追いかけた。そしてあっという間に追いつき、眼鏡の女の目の前で降りた。そして眼鏡の女は自転車の操縦を止め、驚愕した様子で怯えていた。今まで感じたことの無い恐怖に襲われていたのだ。そこでアグノはこう言った。


「泊まる場所を提供してくれ。ただでとは言わない。オレがお前のボディガードをする」



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