第1話 110回目の融合
20xx年、5月3日、堺
彼女以外誰もいない。
その手には縄が握られていた。
そう。彼女はここで首吊り自殺を試みようとしているのだ。
「お父さん、お母さん、ごめんなさい…もう生きるのに疲れた。永遠に休みたい。」
「最期にろくな言葉も残せなかったなぁ。親不孝者で終わりだぁ。」
彼女は、大学受験の際、本来志望していた学校とは違う学校に、親や先生に奨められて仕方なく受験して合格してしまい、そのまま入学したが、そのことに長らく不満を持っていた。本来文系科目が得意だったが、理系の方に進んだことを人生で最大の過ちだと思っている。
そして、苦手な理系分野に進んだがそこでも嫌なことがあった。
イジメである。
彼女自身勉強は嫌いではなかったが、理系科目の勉強は嫌いだったのでサボっている部分が多かった。その結果校内での成績は最低ランクだった。
オマケに口臭がしたのでその点でも嫌われていた。
話をすれば臭いと言う噂が広まり、たちまち肩身は狭くなっていった。
その結果、まともに喋る友達すらいなかった。
そんな彼女の弱みにつけこんでくる連中がいた。
自称優等生で、クラスの中心にいると思い込んでいる輩達が、彼女に対してネチネチと暴言を吐き捨てたり、物理的に衝撃を与えてくる日々だった。
そんな彼女に対して周囲は見て見ぬふりをするばかりで、誰からも助け舟は来なかった。
そんな日々に明け暮れていた彼女は、本日をもって、堺 竜子の存在を消そうとしていた。
「ここで終わりか…」
「それじゃ」
そして彼女は手に持っていた縄を太い木の枝に括りつけて、縄を首にかけて、まさに自殺しようとしていた。
その時、目の前にいきなりどす黒い穴が出現した。
彼女は刹那にそれに気づいて慌てて縄をかけるその手を止めた。
次の瞬間、その穴から何かが勢いよく飛び出してきた!。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
《それ》と勢いよく頭をぶつけた結果、彼女は転んでしまった。縄は地に落ちた。
幾ばくか時間が過ぎて、彼女は目を覚ました。
「あれ、どうしちゃったんだろう。」
「さっきの人?とぶつかって気を失っていたのかな?」
辺りを見回すが誰もいない。彼女は恐る恐る立ち上がり、縄を拾いに行った。
そして再び自殺をしようと試みた。
「まあいいや。もう死ぬと決めたんだし、今度こそ邪魔されないように・・・」
辺りを警戒しながら木に駆け寄った。
すると、
【ちょっと待った】
誰かの声がまるで脳内に直接語りかけているように脳に響いた。
「え…」
辺りを見渡したが誰もいない。
【いやだって、オレ、君の脳内から語りかけてるんだぜ?】
はぁぁぁ?と、彼女はその事実をすぐ、に受け入れることが出来なかった。
状況が掴めずにいた彼女は、すぐさま口にした。
「私に語りかけているあなたは誰?ってか、私の頭の中にいるってどゆこと?。」
【誰?あー名前を名乗ってなかったな。俺の名はアグノ。よろしくな。ちなみに君も見ていたと思うが、オレが君の中にいるのは君と俺が〔融合〕したからだよ。】
「はい?そんなの見てないんですが?」
「というか、邪魔しないで下さい。もう今日限りでこんな世界とはおさらばしたいんです!。勝手に融合なんてしないで下さい。というか、本当に融合しているのかも分からないけど。」
【なんでと言われるとだな、この世界の空気に浸ると、オレの体質的に5分が限界なんだよね。だから仮の〔体〕が必要だった。そこでこの世界に着いた時に、目の前にいた君を選んだだけ。これも一期一会の出会いだと思ってくれ。】
「一期一会なんて言い方するけど、普通に迷惑なんですが。まるで誠意があるみたいな言い方をしているけどさ。」
【言ってみたかっただけだよ。】
【あとそれから、今から君の体の支配権はオレに譲渡されるよ。】
「えっ、じゃあ私死ねないのか?」
【そういう訳では無い。こういうことさ。】
次の瞬間、竜子は体を失って、まるで幽体離脱したような感覚に陥った。
自分の脳と体の繋がりが絶たれたと直感的に思った。
「こういうことさ。つまり、立場が逆転するということさ。オレと君の能力の差によって体の支配権が移り代わったのさ。」
頬に
【あれ。これ私が私の中にいるの?言い方おかしいかも知れないけど、というか脳の命令が体に効かない感じかな。】
「今、君の体の支配権はオレにある。」
「もちろん譲渡することも可能だが、今の君では自殺してしまうだろう?だからこの体はしばらくオレが預かるよ。今、オレにはこの体が必要なんだよ。」
そしてアグノは乗っ取った体で力んだ。そして左手を変化させた。
「これがオレの手だよ。この世界で顕現させるのは1度で20分が限界だろう。」
【あなた人間じゃないのね!?。ビックリしたわ。尻もちつくかと思った。つけないけど!。そもそも融合なんてしている時点で、普通の感覚で捉えたらダメだったわね。今更過ぎたわ。】
「オレは人間ではない。竜人だよ。第792の世界からこの第9の世界に来た。この世界の実質的支配者層が人間なのは知っている。」
【異世界からきた?そんなラノベのような展開は聞いてないぞ。そしてやけに詳しいのね。異世界から来た割にここについて。】
「人脈があるからね。追々話すとしよう。」
【てか、私はいつまでこのまま?】
「自殺する意思がなくなるまで。」
【ひぇぇ】
「さて、捜しますか。」
【探すって何を?】
「あー言ってなかったね。オレは第792の世界から来たんだけど、そこの王族に仕えている最強の戦士でもある。そして行方を晦ました王女の行先がこの世界ってことは、オレだけが知っている。だから遥々ここまで捜しに来たわけ。ついでに王女をここへ誘導したよく分からない妖術師とやらも捜している。」
【王族に仕えてるって偉い方なんですね。失礼しました。あと。ずっと気になってたんだけど私の口臭気にならない?。】
「別に。オレ鼻イカれてるから分からんし、今は君の鼻、臭いとも思わないけど。それがどうしたの?」
「いや。なんでもない。」
彼女は内心喜んでいた。ようやく気にしてくれない人を見つけられたことに。
「さて、どこから行きますかねぇ。」
【よく分からないから着いてくよー。】
そんな2人の様子を影から見ているものがいた。
よくよく見れば小さな蝶。
そして、2人から数十メートル離れた先の陸橋から、2人を見守る人物がいた。その人物の元へと蝶は羽ばたいて行った。
その人物の耳元に蝶は止まった。
まるでその人物は蝶と会話するように情報を引き出していた。
「おぉ、これはこれは。」
「もしかしたら私が求めている方かも知れませんね。」
ただ、そう呟いた。
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