「強い後悔」
家を追い出されてから、近くの駅で寝泊まりを繰り返した。
地下通路のトイレは24時間いつでも空いているし、あまり人は通らないので夜に隠れているにはとっておきの場所だった。
寝るときは駅のトイレの暖房便座に座って寒さに耐えていた。
一日中トイレにいるわけにもいかないので、日中はできるだけ外で過ごすようにした。
冷たい冬の風が体だけでなく心までも冷たくさせていく。
かじかんで震える手足。
一日に一本だけ120円の温かい缶コーヒーを買っていく。
それを懐に入れて寒さをずっとしのいでいく。
かじかむ手足が120円の缶コーヒーによって少しだけ動くようになっていく。
そんな感覚が私はなんとなく好きだ。
まもなく夕方になる。
あと数時間で地下トイレに逃げ込むことができる。
しかし、なんだかんだその数時間が一番つらい。
そんな一人でガクガク震えていた私に一人の老人が近づいてくる。
老人は小柄で私よりもかなり細く異臭を放っていた。
老人が近づいてくるにつれて匂いが強烈になる。
いつの間にか私は鼻をつまんでいた。
失礼であることはわかっていたが、鼻をつまむ手を弱めることはできない。
そんな失礼な態度をとっている私を責めることもせず、老人はこう声をかけてきた。
「お嬢ちゃんはいくら?」
聞き取るのも大変なくらいのか細いしわがれた声だ。
私は老人が言ってる意味が分からなかった。
いくら?とは?
老人の言葉の意味が分からない私は黙っているしかなかった。
しばらく黙っていると老人はさっきの声とは違い、はっきりと大きな舌打ちをしてまた歩き出した。
残された私はただ老人が消えた方向を黙って見つめていた。
どれほど時間がたったのだろう。
ふと我に返ったのは自分のお腹の虫が大きな声で鳴いたからだ。
とりあえず何か食べよ。
そう思ってコンビニに向かって歩き始めたときまた声をかけられた。
「お姉さんは援とかしてるの?」
いきなり背後からかけられた野太いしっかりした声に肩をびくつかせた私。
私の様子を後ろから見ながらケタケタと笑い声をあげた男性はさっきの人とは違い、スーツ姿のサラリーマンという感じの30代後半の男性だった。
スーツがよく似合うのはきっと背が高いからなのだろう。
パッと見180㎝はありそうな男性は、少しふくよかな体型をしていて笑顔がよく似合う穏やかそうな人だった。
「あの、援ってなんですか?」
私が質問をするとその男性は少し驚いた顔をした後、ニヤッと笑った。
それは男性の顔には似合わないようなどこか怪しげな怖い笑顔だった。
「もしかして家出かな?よかったら俺の家においで。お風呂も布団も食べ物も何でもあるよ。遠慮しなくても俺は一人暮らしだし、なんも怖いことなんてないよ!」
その言葉にやや遠慮しつつ戸惑いを隠せないでいる私の手が、男性によってやや強引に引っ張られる。
その手を振りほどく勇気は16歳の私にはまだなかった。
何も言葉を発せない私は男性の大きな背中を追いかけるしかなかった。
まさかこの後あんな目に合うなんてこの時の私には全く想像ができなかった。
あの時無理にでも男性の手を振りほどいていれば…
私は今でもあの時のことを強く後悔している。
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