「大人は理不尽だ」

13歳の6月。

私に妹が誕生した。

父に連れていかれ、嫌々ついていった母親(仮)の病室。

廊下を進むにつれ、泣き声が大きくなって頭に響く。

それと同時に歩幅はどんどん小さくなり、足は鉛のように重くなる。

次第に父との距離が広がっていく。

初めての産婦人科。

初めての病室。

やけに鼻につく薬のにおい。

聞きなれない赤ん坊の泣き声。

真っ白なナース服を着た看護師さん。

眉間にしわを寄せて歩くお医者さん。

慣れない光景が慣れないにおいが、私の恐怖心を煽る。

今すぐに帰りたい。

でも、帰ることはできない。


病室のドアが大きく感じる。

まるで大男が立っているように重くて大きなドア。

その中から赤ちゃんの泣き声が聞こえる。

父がドアを開けると


「あら、いらっしゃい」


という声がした。

その声につられて前を向くとニコニコした母親(仮)の姿があった。

私はその笑顔に笑顔を返すことしかできなかった。


母親(仮)と父が談笑する中私は何もできずに座っていた。

帰り際父は私を先に歩かせ、母親(仮)にキスをした。

父のにんまりとした気持ち悪い笑顔を一生忘れることはないだろう。


礼儀がなってないと叱られた。

常識がないと叱られた。

ルールを守れと叱られた。

TPOを意識しろと叱られた。


私はたくさんのことで叱られるが、父を叱る人はいない。

病室でキスをするのは常識なのか?

人がいる中でキスをすることは礼儀なのか?

好きな人にはTPOを意識しなくてもいいのか?



「大人は理不尽だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る