第6話 うちのウォレスは特別な存在らしい
(母―シンシア―目線)
「あら、エディ。ウォレスを見なかった?」
私は、家の裏で村の男達と一緒に水浴びをする夫に声をかけた。
夕飯まではまだ時間があるが、息子のウォレスにジャガイモの皮むきを手伝ってもらおうと思ったのだ。
「ウォレスなら、コロと一緒に遊びに行ったよ」
エディは子供の様にこの村―ソイジョル村―の仲間と水をかけ合いながら、答えてくれた。
エディはこの村に来た当初は、ほとんど笑うことも忘れてしまっていたのに、ウォレスが生まれてからは良く笑う様になった。まあ、それは自分も同じなのだけど。
「そう。ありがとう。今日は、領主様もお呼びしているから、遅くなるようだったら探しに行ってくれる?」
「ああ! 分かったよ」
エディに手を振って、私は再び台所へと戻った。
台所では、近所の奥様達がせっせと肉を切り分けている。
この村に来て3年が経ち、すっかり私達の家は見違える様になった。元々、村の中心部に近いこともあるだろうが、村で5年ぶりに生まれた赤ん坊―ウォレスのために、村人が一致団結して家を建て替えてくれたおかげである。
村に領主様をお呼びする際には、私達の家でもてなすことが通例になっていた。
「シンシアさん。ウォレス君は?」
隣の家のエミーおばさんがキョロキョロと私の周りを見回している。
「ごめんなさい。コロと外に行ったみたいなの」
私がそう答えると、おばさんは残念そうな顔になった。
エミーおばさんには、3人の息子がいる。上の二人は15歳と10歳になるが、一番下の子は、生まれてすぐに亡くなったそうだ。生きていれば8歳……ちょうど、魔王が勇者様に倒された月に生まれた子だったらしい。
当時、魔王を討伐した勇者様は、魔王が生まれ変わるのを恐れて、生まれたばかりの赤子を根こそぎ処刑したのだそうだ。生まれ変わりなんて馬鹿げた話だと思うけど、何故か勇者様は本気でそれを信じていて、5年もの間、この大陸で生まれた赤子は身分を問わず殺されたらしい。
私達がやってきたのは、ようやく部下からの意見に耳を傾けるようになった勇者様が『全ての赤子』から『魔力を持つ赤子』に殺す対象を狭めた頃だった。
本当に、運が良かったのだと思う。
そうでなければ、ウォレスは生まれた瞬間、この国の兵によって殺されていたのだから。
「そうだ! ねえ、シンシアさん。今度、うちの孫に子供が生まれるでしょ? 良かったら、ウォレスちゃんとコロちゃんに出産に立ち会って欲しいの。駄目かしら」
不意に、村一番のご長寿であるマリナお婆さんからお願い事をされてしまった。
「えっと……ウォレスがいいと言えば……」
「良かったわ!」
嬉しそうに、マリナお婆さんが笑う。
3歳の男の子と犬に出産に立ち会って欲しいなんて、通常では考えられないことだけれど、何故かこの村の人達は、ウォレスとコロのことを『天使とその使い』だと思っている。
もちろん、私にとってはウォレスもコロも天使のように可愛い子供達だ。それに、ウォレスは普通の子供よりも賢く特別だと思うが、他に比べる年頃の子がいないせいでそう思えるだけかもしれない。
しかし、いい年をした大人達が本気でウォレスを『天使』だと思っているのだとしたら、ちょっと異常だ。
母としては、そういうのは止めて欲しいのだけれど、ウォレスの存在を支えに生きているマリナお婆さんみたいな人達に非情にはなれなかった。
「……マリナお婆さん。ウォレスはまだ3歳といっても男の子ですよ? 家族でもないのに、出産に立ち会うのは、お孫さんも嫌なのでは?」
それとなく、『あなたのお願い、非常識ですよ』アピールをしてみたけれど、お婆さんは「あら、まあ!」と朗らかに笑った。
「大丈夫よ! ウォレスちゃんは『天使様』ですもの!」
「あの、皆さん『天使』って言うんですが、『天使みたいに可愛い』って意味じゃないですよね……?」
「当たり前じゃない! もちろん、ご両親に似てとても可愛いお顔だけれど、私、見たのよ?」
「見た?」
何のことだろう、と、興味を惹かれた。村の人達がこんな風にウォレスのことを話してくれるのは初めてだったからだ。
「そうよ。ウォレスちゃんが生まれてすぐに、フェンリルがこの家を襲ったことがあったでしょう? 何故かフェンリルが急に居なくなった、ってシンシアさん言っていたけど、あの夜、この家に天使様が舞い降りるのを何人も見ていたのよ? まだフェンリルが近くにいるかもしれないって、ほとんどの大人は起きて見回りしていたからね」
「…………え?」
何それ。初耳なんですけど。
私が固まっていると、近くでニンジンを洗っていた別の奥さんが割り込んできた。
「私も見たわよ! 真っ白な服を着た天使様が屋根からスゥーッと入っていって、またスゥーッて出て行ったの!」
何ですと?
「そうそう。しかも、翌日、天使様が消えていった方向から、コロちゃんが現れたのよね? 最初はただの子犬だと思っていたけど、コロちゃんが来てから、この辺りの魔物がピタリと出なくなったのよ」
「おかげで収穫量も増えたし、ちょっとずつ畑を広げることも出来るようになったわ。きっと、ウォレス君は天使様の生まれ変わりで、コロちゃんは天使様の使い魔だ! って、皆で大騒ぎしたのよ」
「懐かしいわねぇ」
「「「ねえ」」」
キャッキャと楽しそうに、奥様方がはしゃいでいる。
もちろん、コロが居ると魔物が寄り付かないのは知っていたが、天使の話は初耳だった。あの日のことは、私はよく覚えていない。産後の肥立ちが悪く、朦朧とした頭で「ウォレスにお乳をあげなきゃ」と抱き上げた記憶はあるが、その後のことははっきりしない。気が付けば、泣きそうな顔をしたエディにウォレスごと抱き上げられていた。
そう言えば、あの日を境に私は見る見る回復して、数日後には普通に働けるようになったのだった。
もしかしたら、ウォレスが回復魔法でもかけてくれたのかしら。
生まれたばかりの赤ん坊にそんなことが出来るとは思えないけど、何となく、あの子なら出来そうな気がしてきた。
「おーい! 飯は出来そうか? そろそろ領主様が来られるんじゃないか?」
不意に、外からエディに呼ばれた。
「ごめんなさい! 話に夢中でまだ途中なの!」
私は大声で返事をした。
奥様方に視線を戻すと、みんな、笑顔で肩をすくめていた。
急がなくては。
この村を守ってくださる、領主様に振るまう料理なのだから。
◇◇◇◇
(ソイジョル村の領主—ユージン―目線)
ワシは、3年前から治めることになったソイジョル村に行くため、馬車に乗って屋敷を出た。ワシの屋敷は第7大陸の中心部にある勇者の住まう城の近くにある。
ワシは、この国の貴族として拝領するにあたり、ソイジョル村を含む南端の未開の地を希望した。そこに住まう人々が、他の地区よりも過酷な環境に置かれているのを目の当たりにし、ずっと気になっていたからだ。
勇者は、高名な魔法使いであるワシに王都に近い豊かな土地を用意してくれていたのだが、ワシは丁重に断った。
当時のワシは、罪滅ぼしの意味も込めて、少しでも人の役に立ちたかったのだ。もっとも、他にも理由はあったのだが……。
「ん? 馬車を止めてくれ」
ソイジョル村に差し掛かった時、ワシは不意に奇妙な気配を感じて馬車を止めさせた。
ワシは馬車を降り、一人で気配がした方に歩いていく。
従者はワシのことなど心配しておらぬようで、ついてくる気はないらしい。
奇妙な気配は3つ。
2つは、よく知っているものだ。ソイジョル村の少年ウォレスと、犬のコロだろう。
どちらも普通の子供と犬ではない、変わった気配を持っている。村の者達には箝口令を敷いているが、ウォレスが赤子の時に現れたという天使の話は、あながち嘘ではないだろう。
もっとも、ワシはウォレスを天使などとは思っておらんが。
3つの気配は、どうやら同じ場所に集まっているらしい。
急がなくては。
ワシは足を速めた。
もう1つの気配。
それは、紛れもなく魔物のモノだったからだ。
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