第2話 駄天使の裁きを見守るのである
「何だ、ここは?」
気が付くと、真っ白な建物で長蛇の列に並ばされていた。
死んでからどれくらい経ったのかも、どうしてここにいるのかも分からない。
吾輩は、目の前に並ぶ挙動不審な男に声を掛けた。
「私にも分かりませんよ。家族に看取られて死んだと思ったら、ここに並んでいたんです。あの世、とかですかね?」
おどおどと、男が答えた。何をそんなに怯えているのか不明である。
「見てください。列の先に、扉がいくつかあるでしょう? あそこに一人ずつ入っていくんですが、きっと中で何かしているんですよ。ずっと見ていましたけど、ずいぶん回転が速い部屋と遅い部屋があるんです。あ、ほら、左端の扉が1回開く間に、右端の扉は3回入れ替わった!」
確かに、言われてみると男の言う通りだった。
9つある扉の中で、明らかに左端の扉だけ回転率が悪かった。男はあの部屋だけには入りたくないと言っているが、吾輩は逆に興味が湧いた。
「処刑でもしておるのかの」
「ひい!」
楽しく会話をしているうちに、男が先頭に立った。
「次の方は左端の扉、その次の方はその隣の部屋へお進みください」
ひどく事務的に、白い女が男と吾輩を案内する。男が「ひい!」と身を強張らせた。
「ふふふ。喜べ、小物よ。吾輩が代わってやろうではないか!」
「へ?」
吾輩は女の目を盗んで男と立ち位置を入れ替わると、左から2番目の部屋に男を押し込んだ。
「どうぞ、この部屋にお入りくださ……え?」
「ふむ。案内ご苦労」
女が入れ替わりに気付いて何かを言おうとする前に、吾輩は扉に滑り込んだ。扉の向こうで、女が何か叫んでいるが、入ってしまえばこっちのものだ。すまんな、女。
しかし、予想と違い、部屋の中はいたって普通だった。一面真っ白な部屋の奥には机が置かれ、そこに一人の女が座っている。何やら書類と格闘しているようだ。他に人は居ない。
とりあえず近づくと、女は「はっ!」と顔を上げた。思ったより幼い。
「ランビエールさんですね! この度はご愁傷さまです!」
女はビシッと敬礼しながら、白い歯を見せた。
「元気よく言う事か? それに、吾輩の名前はリーベンだ」
「え!? ランビエールさんじゃないんですか?」
吾輩がため息をつくと、女が目を見開いた。ランビエールとは、先程の男のことだろう。
「吾輩は魔王だ」
「ええええ!? そんな! 私、今日が初めてのお勤めなのに、いきなり魔王を裁くのは無理ですって! 何でこんなことに!?」
がーん、と効果音が聞こえてきそうな顔で、女は手にしていた大量の書類を床にぶちまけた。なかなか良い驚きっぷりである。
「ふはは。前の男と入れ替わったのだ!」
「何てことしやがったんですか! うわあ、どうしよう! そうだ、助けを呼ぼう!」
「待て待て、これはチャンスではないか」
吾輩はふと思うところがあり、何処かへ連絡しようとする女の手を押えた。
「ち、チャンス?」
ピクリ、と女の耳が反応した。吾輩はニヤリと笑う。
「ふむ。そなた、察するに新米天使であろう? これしきのトラブルで上司を呼んでどうする。『使えない奴ね。……駄目な天使……駄天使ね』と失望されるだけだぞ?」
「駄天使!? 失望されるのはいやです!」
駄天使が涙目で訴えかけてくる。察するに、『残念な子』だという自覚があるのだろう。何となく、不出来な部下達の事を思い出した。
「そうであろう。吾輩、生前から若者を育て上げるのが趣味でな。そなたのような若者を幾人も見てきた。どれ、吾輩が手伝ってやるから、うまく裁いてみよ。魔王を裁いたとあれば、皆そなたを尊敬するであろう」
「そ、尊敬……!?」
「うむ。間違いない」
「で、でも……」
天使の目が、ソワソワと泳いでいる。他人の手を借りて裁くことに抵抗があるのだろう。ましてや、吾輩は魔王だ。気持ちは分かる。
「嫌なら良いぞ? 無理強いはしたくない。そなたは出来損ないの烙印を押されたまま、冴えない一生を送るがよい」
「や、やります! やらせてください! ……先生!」
「先生!?」
「早速なんですが、先生は転生先のご希望はありますか!?」
「転生先? 希望?」
急にやる気を出し始めた天使の勢いに押されて、頭が追い付かない。
「『裁く』とは、てっきり罪を与えるための行為だと思ったのだが、違うのか?」「はい。次の転生先を決めるのが私達の仕事なんです。基本はランダムに決まっちゃうんですよ。でも、実は生前の行いで多少の融通が利くんです! ちなみに、先程のランビエールさんは、特に目立った善行も悪行も無いんですけど、色々探したら、『子供の頃に食料になるはずだった兎を逃がしたことがあった』って一文を見つけたんですよぅ! それで私、ちょっとだけ願いを聞いてあげようかなあって思っていたんですよね」
「甘っ……!」
天使がドヤ顔で羽をパタパタさせている。色んな意味で心配だ。
「得意げなところ悪いが、それくらいのことで願いを叶えてどうする。しかも、色々探したと言ったな。ふむ。さっきばら撒いた書類に人生が書かれておるのだな。それでこの部屋だけ異様に時間がかかっていたのか。納得した」
「え? そんなに時間かかっていました!? どうしよう!」
「気にするな。初めは誰しもそんなものだ。むしろ、相手のいいところを見つけようと努力する姿勢は素晴らしい。自信を持て!」
「し、師匠……!」
「師匠!?」
思わず褒めたら、先生から師匠に格上げされた。
それはさておき、生前の善行によって来世が変わるとなると、吾輩の立場は複雑である。
吾輩は魔物にとっては善行だが、人間にとっては悪行三昧をしてきたことになる。なるほど。確かにこれは『裁き』だ。
「面白い。さて、どう裁く?」
「うう! 為政者を裁くのは難しいんですよ。本来、師匠は上級天使どころか、神様に裁かれる予定だったのに……! うう……逆に、どうしたらいいと思います?」
「そこを考えるのがそなたの仕事であろう!」
「ぴええ!」
「泣くでない!」
天使にツッコミを入れながら、『これは吾輩にとってもチャンスなのでは?』と、吾輩もソワソワしてきた。
吾輩には夢があったのだ。
初めは冗談で言った言葉だったが、いつしかそれが吾輩の夢となり、生きる希望となった。それが死んでから叶うとは皮肉な話だが、人生をやり直せるのならば、是非、お願いしたい。
「実は吾輩には夢があってな。それを叶えれば、大体上手くいくだろう」
「何ですって!? 何ですか、魔王の夢って。言っときますけど、『もう一度魔王に』とか、『どこかの国の王に』とか、『いっそ神にしろ』とか『勇者になりたい』とか駄目ですからね!」
「安心しろ。もっと簡単で、誰からも文句を言われない望みだ」
「な、何ですか?」
若干、身構えながら天使が上目遣いで見上げてくる。その表情が子犬のようで、吾輩は思わず笑った。
「吾輩は、静かに暮らしたい」
きょとん、と天使が目を丸くする。
「静かに? 貝とか?」
「……貴様」
「ぴい! 冗談です!」
吾輩は、魔王として散々働いて疲れたのだ。
吾輩が何をしても、魔物は感謝の気持ちを持たず、人間からは恨まれるばかり。吾輩、何のために生きているのかと、葛藤する毎日であった。だから今度は、どこか平凡な村の、平凡な家の、平凡な人間の赤子として生まれて、ただ静かに暮らしたいのだ。
誰からも恨まれず、憎まれず、責められず、誰とも争わない。
それが、吾輩が長年思い続けた願いだった。
「ええ!? そんなんでいいんですか!? 私、前の人は『毎朝早起き頑張りましたね!』って言って、貴族のお嬢様にしたんですよ? 貴方ほど仲間想いの名君なら、もう少し望みを叶えないと怒られちゃいます!」
「早起きで貴族とか、チョロすぎるだろ! その時点で怒られるわ!」
「だって! 加減がまだ分かんないんですよう!」
「泣くな!」
「じゃあ、もう少し具体的に欲張ってくださいよう! 私のためにっ!」
お主のためにって、どういうことだ。と、脳内でツッコミつつも、確かに天使の言う通り、吾輩の夢に具体性がないことに気が付いた。
吾輩が死んだ後、どれ程の時が経ったのかは分からないが、魔物と人間が争っていることに変わりはないだろう。不安定な世界で、何の力もなく生きていけるだろうか。生まれてすぐに死んでしまっては、笑い話にもならない。
「……では、そうだな。静かに暮らすためには、生活を邪魔されないだけの力がいるだろう。かといって、吾輩自信が力を持てば、結局前世の二の舞だ。……どうだ、何かいい案はないか?」
「貴方自身は力を持たず、力を持つ……あ! テイマーとかどうでしょう!」
「おお! 良いな。魔物を従わせて戦うのだな……って、前と同じではないか!」
吾輩が殺気を込めてツッコムと、天使は「ぴええ」と震えあがった。机の下に潜ろうとして、途中でピタッと動きが止まる。何か思いついたのだろうか。天使が真面目な顔で恐る恐る見上げてきた。
「じゃ、じゃあ。『魔人転換』の術を授けるのはどうでしょう」
「……『魔人転換』?」
初めて聞く。古今東西、世界中の魔術を知る吾輩でも知らぬ術だ。
「はい! 私が作った術なんですけど」
「お前が作ったんかい!」
「えへ。あ、私、新しい術を作るのが趣味で……え? そんな話はいい? ちえ。『魔人変換』は、『魔物』と『人』を変換する術です。つまり、魔物に使えば人間になり、人間に使えば魔物になるってことです!」
「なんか、急に活き活きしてきたな」
「これに、テイムの効果を付けちゃいましょう! 魔物を従わせるのは嫌とのことでしたので、『魔物を人間にした時のみ、テイム効果を付与!』……うん、うまく出来た! これでどうでしょう、師匠!」
話をしながら、パパッと天使が術をかけていく。
あっさり術をかけられたことにも驚いたが、それ以上に、頭の中に直接『見たこともない魔術』が浮かんでいることに、不覚にも背筋が凍る思いがした。もっとも、死んでいるので肉体はないのだが。
「……そなた、実は優秀なのでは?」
「研究職の方が向いてるって言われます! でも、研究だけじゃ食べて行けなくて……」
「天使も苦労しておるのだな……」
「この仕事は、稼ぎがいいんです! ……でも、何人か裁いて、自分には向いてないなあって落ち込んでいたんです。そんな時に師匠に出会って、私なりの裁き方が分かった気がします!」
清々しい笑顔で、天使が拳を握りしめた。
何かをしてやったつもりはないが、何かの役に立てたのであれば嬉しく思う。
「ふむ、そうか! 良い笑顔だ。そなたの成長が見られて吾輩は満足だ!」
「はい! 師匠! では、元の世界に送りますね!」
「うむ! またな!」
「はい! よい人生を!」
こうして、笑顔の天使に見送られながら吾輩は転生を果たした。
「ああ! 記憶消し忘れた……!」と叫ぶ、天使の声を遠くに聞きながら。
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