本山らのの夢小説
秋来一年
□novel
私の恋は、始まる前から終わっていた。
「みなさま、こんばんらの! ラノベ好きvtuber、本山らのです!」
パソコン画面の中で、ぴょこぴょこと動く三角耳。
文学少女然とした眼鏡の奥に蒼い星の煌めきを宿し、らのちゃんが元気に挨拶をする。
vtuberというのは、乱暴に言ってしまえばYoutuberのバーチャル版だ。 Youtuberとの最大の違いは、この世界に存在しないってところ。
彼女たちはここではない、遠い遠い隣の世界、バーチャルの世界に住んでいる。
私はそんな、0と1の世界の住人に焦がれてしまったんだ。文字通り、〝次元の違う〟相手に。
そんな次元の違う想い人だけれど、彼女は存外フレンドリーだった。
積極的にリプの遣り取りをし、配信をすれば丁寧にコメントを拾ってくれた。勧めたラノベを読んで、感想をくれたことすらあった。
ちらりとスマホを見て何の通知も入ってないことを確認し、視線をぼんやりと画面に戻す。画面の中では、らのちゃんが当時新作だったラノベを楽しげに紹介している。
そう、今流しているのは配信ではない。過去の動画だ。それも、わりと初期の頃のやつ。
本当は、やるべきことなんていくらでもある。でも、落ち着かなくて、何も手につかなくて、BGMがわりにらのちゃんの動画を流していた。
スマホを見遣る。さっき確認したときから、まだ五分しか経っていない。
私はいま、とある電話を待っている。来るかどうか分からない電話を。
まぁ、仮に電話が来たとして、一番伝えたい相手はもう居ないのだが。
また視線を画面に映す。
いつの間にか動画は切り替わり、らのちゃんの引退配信が自動再生されていた。
元々、期限付きの活動だと言っていたのだ。
らのちゃんはデビュー当時、大学一年生だった。本山らのの活動は、就職するまで、在学中のみだと言っていた。
そして、宣言通り、彼女はいなくなってしまった。
活動頻度が下がってからも、ツイッターでらのちゃんのことを呟けば、それなりの速度でお気に入りが飛んできた。
だから、彼女のことを呟いても何の反応も起きなくなって、ああ、本当に彼女は居なくなってしまったんだなって、思い知った。引退配信よりこっちの方がよっぽどキツくて、何だかおかしな話だと自分でも思う。
画面の中では、まだ引退配信が続いている。
コメント欄に見覚えのあるアイコンがポップする。
「ずっと好きでした。これからもずっとずっと好きです!」
そんなコメントと共に五桁の投げ銭が投げ込まれていた。私だ。
なんだか見ていられなくて、でもやっぱり生産的なことをする気にもなれず、ソシャゲの周回でもすっかとスマホに手を伸ばす。
スマホが震えたのはその時だった。
思わず肩が跳ねる。
ずっと待っていたはずの電話だったのに、恐くて一度手が引っ込んだ。
知り合いからの通話なら、基本的にLINEかdiscoでくる。
だからきっと、これはほとんど間違いなく、私が待ち望んでいた、何年も何年も待ち望んでいた電話のはずだ。
この電話を一番に伝えたかったはずの相手を見る。画面の中の蒼い瞳と目が合う。
結局、私が通話ボタンを押したのは、五コール目が鳴り終わってからだった。
「もしもし#NAME1#様のお電話でしょうか」
思考がフリーズした。
頭が、嘘みたいに真っ白になる。相手が自分の所属とか名前とか何やら言っていた気がするが、頭に入ってこない。
だって。
もう何度めか分からないけれど、私の視線は画面に向かう。
どんだけらのちゃんのこと好きなんだよ私。
でも、この時ばかりはしょうがないだろう。
「もしもし、#NAME1#さん?」
耳元で響いた声は、画面の中の人物のものと同じだった。
彼女の問いかけに何か応えなくちゃと思って、でも何を言ったらいいか分からなくて、だから、私の口から出てきたのは、彼女に一番伝えたい想いだった。
「お、おめでとうございます!」
と、一瞬虚を突かれたような無音のあと、電話の向こうで誰かがころころと笑う。らのちゃんと同じ声で、らのちゃんとは少しだけ違う笑い方で。
「私の台詞を先に言わないでくださいよ。#NAME1#さん、この度は当レーベルの新人賞受賞、おめでとうございます」
らのちゃんには、夢があった。
編集者になりたいという夢が。
私には、夢があった。
作家になりたいという夢が。
そして、もし夢の入り口に立てたら、まず真っ先に、彼女にリプライを送ろうと思ってたんだ。
もう届けられないと思っていた。いや、本山らのという存在は、やっぱりもうどこにも居ない。私がリプを送っても、返事はもう届かない。
でも、彼女と同じ魂を持つ者が、いま、電話の向こうにいる。
私は突然意味不明な返答をしてしまったことを詫び、自分がらの担であること、前にらのちゃんが将来の夢は編集者だと言っていたので、それが叶ったと知って思わず嬉しくなってしまったことなどを述べた。
彼女もまた、私の作品を読んで楽しんでくれたこと、会議の際、自分が一押しをしたこと、これから出版に向けて担当が自分になることなどを告げる。
「あの、ありがとうございます。何百、何千という中から、見つけてくれて、選んでくれて。好きだって、言ってくれて」
一押ししてくれた。面白かったと言ってくれた。届いた。
感極まって思わずそう告げた私に、彼女はまた笑う。
「それも、こっちの台詞です。砂漠の中から一粒の星の砂を掬うみたいに、数千といるvtuberの中から、私を見つけてくれて、好きになってくれて、ありがとうございました」
まるであべこべですね。そう彼女が言って、二人分の笑い声が重なった。
私の恋は、始まる前から終わっていたけれど、私たち二人の物語は、これから始まる。
これは、夢小説だ。
本山らのの、夢が叶う物語だ。
本山らのの夢小説 秋来一年 @akiraikazutoshi
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