人王編
フェリ様が、突然口にした。
「レミー、どこかに行きませんか?」
今日も山積みの資料から一冊取り出し、それが何であればいいのか、考えていたときのことである。内容はちょうど、旅行記であった。
「……どうしてまた? まだ復興も完全とは言い難い状況で、どこへ行けとおっしゃるのですか?」
王の姿は見えない。少し前に挨拶と共に入ってきたことは分かっていたけど、いくらなんでも急すぎはしないか。
「あなたの怪我もあるし、たまには羽を伸ばせば、と思ったのですけれど」
本を引き出す音。ページをくる。
「怪我の方は大丈夫です。それに、わざわざ私を誘ってくださらなくても」
暗殺者が現れ、私が人質になるくらいなら、この部屋に引きこもっていたい。どうしてこの人は私を側近に据えたのかは分からないけど、少なくとも、市場から王がいなくなることの方が問題だ。
「じゃあ、レミー。本の虫のあなたが行ってみたいところって、ありますか?」
ありません、と即答する。早く諦めてほしいのだけど。
「それなら、あなたの故郷にでもお邪魔しましょうか。いつもお世話になってますって」
やめてください。ただの農村に何の用があるんですか。何にも面白いものありませんって。そう述べているうちに、クスクスとし始めた王は棚の影から姿を現した。一冊の本を抱えてって、それは……!
「では、この本の栞から選びましょうか。いっぱいありますね」
どうしてレミー様が私のコレクションのことをご存じなのか! 他にも栞のようなものを挟んでいた本はいくらでもあるはずなのに! にこりと、私に負けないくらいの白い顔が笑う。
言葉に迷う私をよそに、王は適当なページを開いた。これいいですね、と呟く王は指でなぞりながら読み上げる。
「山小屋三泊四日……食事付きなのはいいですね。希望するならキャンプ用品貸し出しまで……ここにしましょうか」
休憩の合間に読んで、行かない楽しみ方をしていたのに……。そうだ、
「フェリ様! 私、こっちがいいです!」
手元にあった旅行記を顔に押し付ける。適当なこっちの方がよほどいい。小屋に何があってとか、分かるよりも明確なことか書いてあるこっちに行く方がよっぽどがっかりしなくていい。
よかった、とそれを受け取り、コレクションを私に寄越して王は出ていってしまった。
姿が見えなくなってからはっとする。
あ、これ、行かないとダメパターンよね。
◆◆◆◆
行かないを楽しみに。つまり、旅行雑誌を眺めて景色や風景を想像することを楽しみにする。
それもまた、旅の一つでしょうか?
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