獣王編

 もくもくと立ち上る湯煙に紛れて、淵にもたれながら半身浴を楽しむ立脚類の獣がいる。

 灰の毛皮、しゅっとした鼻先。筋肉質ではないものの、ほっそりとした顔立ちと身体は、女性受けのいいことだろう。

 ザザザと絶え間なく注がれていく湯の音に聞き入るように、目を閉じて、たまにピクピクと耳を動かしている。他にも客はいるものの、静かに、ただ浸かっている者たちばかりだ。

 うとうとと意識を浮かべる彼に、カル様、と背後から声をかける者がいた。背後にある別の水の浴槽から頭を出すのは、山飛竜。

「もうすぐ出ますか? ぼくはいつまでいてもいいですけど」

 潜っていたのか、はたまた水滴が付着したのか、濡れた頭部で獣の耳元で尋ねる。

「トレムはもう、満足なのかい? そうだな……今回はリドルがいるしな……」

 笑みを浮かべながら軽く仰ぎ、飛竜に視線をやる。そうですね、と浴室の出入口をみやれば、すりガラスの向こうには大型の獣の影。

 いつもよりも遠出しようと画策していた二人は側近に見つかり、自身も連れていくことを条件に許可された。当人は二人の様子を監視しながら、じろり、じろりと周囲にも気を配り、湯船に浸かることもせず勤勉に努めつづけているのだ。

 リドルも入らないかい、と誘えば、お二人だけでどうぞ、と険しい顔が浮かべて扉を器用に開くのだ。

 そして極めつけ。昨晩のこと、二人が予約していた部屋に殴り込み、じっと監視を始める始末だ。二人きりになれなかったことをとやかく言うことはしないが、二対となった出入口への視線は、どことなく険しい。

 ある人物が立ち上がり、外へと出た。扉が開かれると同時に、獅子が覗き込み、一瞬で二人を捉える。しかしすぐに閉じられ、折り目正しく元の体勢に戻ってしまった。

「どうしようもないね、これは」

 少しだけ笑った王は飛竜の顎に手を伸ばし、引き寄せる。応える彼はわずかに開かれた口に、自らのものを重ねた。


◆◆◆◆


 また温泉シチュ。好きというほど巡ったことはないです。


 好きな人と一緒に行ったはいいものの邪魔が入って何もできない。けどこっそりと親睦を確認して深めるなんてのも、またいいですね。

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