とらべる(私歩より)

青編

 心地いい冷たさの水を張ってある浅いプールに歩を進めて、ちゃぷちゃぷと次第に深くなってくる。ずっと歩く長旅の疲れからか、しびれかけていた体が引き締められていくような感覚に襲われる。広い浴場には、僕ひとりしかいない。

 先に寝てるから、と彼女は寝床に潜ってしまった。折角の旅行なんだから、水浴びでもしてから寝ればすっきりするのに。あぁ、でも冷えるの嫌がってたっけ。眠れなくなるって。

 浅瀬に顎をつけ、下半身は水に沈める。少し力んで、鱗の隙間に入り込んだ汚れを洗い流す。あぁ、気持ちいい。

 宿場町の場所をトレムから聞いておいてよかった。あれ、あいつって誰かと来たことあるのかな……この宿を直接紹介されたけど。まぁいいや。

 首筋も、頭のてっぺんも洗い終えて、乾くまでのんびりとして、部屋に戻る。

 彼女はベッドの上で、服を着たまま腹這いになってグゥグゥといびきをかいている。旅の振り返りもせずにこれだもんなぁ。でも今日は市場から歩き続けたわけだし、仕方ないかな。

 隣の寝床に転がってみる。ふわりと柔らかいながらも、体をあっさりと包み込み、温まる。いい藁使ってるなこれ。どこで買えるか聞いておこう。

 僕と彼女だけ。いつもと変わらないけれど、特別な旅。復興も落ち着いて、誘ってみたけれど二つ返事で承知してくれてよかった。いつもなら、即答で断られるだろうと思ってたけど。

 橙の横顔は息苦しそうだが、どこか穏やかだ。しっかりと目を閉じて、全てを寝床に預けて。

 ふと、角が視界に入る。顎の付け根から伸びる刺よりも短い、灰色の、可愛らしい角。寝床近くに設置された鏡を覗き込んでも、そこにはつるつるとした鱗だけがあるばかり。

 改めて彼女の後頭部をよくよく見てみれば、鱗の下から、まるで布に針を通したかのような盛り上がりを形成して、突き破っていた。

 眺めているうちに頭がかゆくなって、前脚を伸ばすものの、届くはずがない。なので、ごろりと仰向けになって、目を閉じて、藁にこすりつける。うん、収まった。

 角があったら、市場に来てたのかなぁ。

 ふとした思い付きだが、きっと、それは僕が男の青竜として生きることができるようになるだけなんだ。市場で、みんなと一緒にはなれない代わりに、ベルデたちと一緒に歩くだけなんだ。

 考えても、仕方のないことなんだ。

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