第12話 君との出会い(後編)
「いや、佐藤」
「はあ!?」
その答えに、思わず持っていたペットボトルを落としそうになってしまう。
「何してんだ」とでも言いたげな表情を向けていた塩田に、俺は勢いそのままに尋ねる。
「佐藤に告られた!? それ本当なのかよ!?」
「嘘ついてどうするんだよ……」
塩田が暑苦しいものを見るかのような目を向けてくるが、そんなことにかまっている余裕はない。
「いつの話だ?」と俺が尋ねると、塩田は一瞬だけ考えこむような表情を浮かべてから口を開いた。
「……この前さ、買い出しに佐藤と行ったんだけど、覚えてるか?」
「……ああ、そういやあったな」
塩田の言葉で、俺は一週間前ほど前のことを思い出す。その日、買い出しを決めるじゃんけんで、塩田と佐藤が負けて二人で出かけて行った。
しかしその途中で通り雨があり、傘を持っていかなかった佐藤たちはずぶ濡れで帰ってきたのだった。
「あの時――バス停で待ってた時、ちょっと佐藤の服が濡れて透けていたんだ。だから、極力佐藤の方を見ないようにしていたんだが、それが気に食わなかったらしくて、こっちの気を引きたくてそういうことを言ったらしい」
……どうやら塩田の中では、そういう結論に達したらしい。
ここまでくると佐藤のことが本当に不憫になってくる。
だからと言って、俺からそれを指摘するのも変だから、これからもきっと見ているだけになるのだろう。佐藤には悪いけれども。
「……その時さ、塩田は何か思ったか?」
俺の問いに、塩田は考え込むそぶりを見せる。
「……覚えていない、が、驚いたような気がする」
「そりゃあな」
聞きたいことはそれじゃないんだよなと思いながらも、俺はしっかりと相槌は打っていく。
「驚いた、けど……」
「けど?」
「……今まで男の後輩に慕われることは、あまりなかったから、こういうのもいいかなって思ってしまった」
塩田の顔をじっと見ながら俺はしみじみと口にする。
「…………その顔、佐藤に見せてやれよ」
「どういう顔だよ」
「一瞬で真顔に戻るなよ」
俺の余計な一言のせいで本当に一瞬だけになってしまったが、塩田の貴重な表情を見られた気がする。
こういう時になんで佐藤はまだ来てないんだタイミング悪いな、とこの場にいない後輩に悪態をつきながら、俺はもう一度塩田の顔を横目に見る。
常に冷静沈着な顔で学校生活を送っていた中学時代から随分変わったな、と少し懐かしい思いに駆られた。
「でもさ、中学の時と比べたら、塩田は結構変わったよ」
どうやらそれはそのまま口に出ていたらしい。
俺の言葉に、塩田がゆっくりとこちらを見る。
急にどうしたとでも思われているのかもしれない。
しかし今更否定するのも不自然なので、俺はそのまま話を続けることにした。
「いや、変な意味じゃなくてさ……明るくなった、って感じ。ちょっとした冗談も言うようになったし、とっつきやすくなったと思うぜ」
それを聞いた塩田は、目を丸くし、それから感慨深げに呟いた。
「……それが本当なら、きっと佐藤のおかげだな」
口の端を上げて穏やかに笑う塩田の横顔を見ながら、俺も感慨深い思いになった。
俺の記憶している限り、中学時代の塩田はこんな風に人前で嬉しそうに顔を綻ばせる、なんてことはしなかった。
それは塩田本人の気質から来たものなのか、それとも中学時代、周りへのイメージを崩さないようしての努力の結果だったのか。
中学時代、二大イケメンとして女子の塩田とその座を分かち合っていた俺には分からない。
しかし、現在の塩田の変化がいいものだということは分かる。
「……そうだな」
俺が今の彼女に出会えたように、塩田にもいい相手が出来たらいいと思う。
きっとその相手はすぐ近くにいるのだろうけれど。
一人で納得して頷いていると、部室の扉から佐藤が入ってくるのが見えた。
「おはようございます」と佐藤が俺たちに向かって声をかける。
「もうおはようって時間でもないけどな」
「こういうのは気持ちの問題なんですよ、御園先輩。……あの、塩田先輩。入口で誰かが呼んでましたよ」
佐藤の言葉で視線を入口へと移した塩田は「あ、本当だ」とだけ呟いてそちらへ向かってしまう。
そして、先ほどまで塩田が立っていた場所に佐藤が立った。
塩田よりも頭の位置が低い佐藤を横目に見ながら、俺は持っていたジュースを一口飲む。
どうやら佐藤も自販機でジュースを買ってきていたらしい。
紙パックのジュースにストローを刺して佐藤はジュースを飲んでいた。
なるべく素気のない風を装って、俺はジュースを飲み続ける佐藤に話題を振った。
「そういや佐藤、塩田に告ったんだってな」
「へえっ!?」
佐藤が素っ頓狂な声を上げ、持っていた紙パックのジュースを落としそうになる。なんだかつい数分前に俺も同じような反応をした気がする。
「誰に聞いたんですかそれ!?」
「塩田から。広めて欲しくないなら口止めしとけよ」
「……ああ、先輩からですか。それならいいです。第三者から聞いたのかと思いました」
慌てたような表情から一転、佐藤がほっとしたように息をつく。
塩田から聞いたならいいのかよ、とは思ったけど、それは特に口にしなかった。
「まあ、塩田の方は気を引きたくて言った佐藤の冗談だと思ってたけどな。……佐藤、強く生きろよ」
「ああ、やっぱそういう感じになってましたか……別にそれも覚悟の上で言ったので、別にいいんですけどね」
予想していたより、佐藤はあっけらかんとしていた。
これは長期戦も視野に入れているのかもしれない。
塩田のあの様子を見る限り、まだまだかかりそうだなと思った。
「……それより御園先輩、先輩は何か言ってませんでした?」
「あー、そうだな……俺の彼女の話を聞いてくれたら教えてやってもいいぞ」
「じゃあいいです。御園先輩の惚気長いので」
秒で断られてしまった。機嫌がよかったので、佐藤の知らない中学時代の塩田の話でもしてやろうかとも思ったが、俺の彼女の話に乗ってくれなかったので止めることにした。
「……そういや、お前と塩田の出会いの話を聞いたぞ」
代わりに振ったその話題に、少しだけ佐藤が反応を示す。
一歳年下の後輩は、自然な動作で上目遣いをして俺の顔をじっと見つめて口を開いた。
「いつって、言ってました?」
特に嘘をつく理由もないからと、俺は後輩の問いに素直に答える。
「四月の、部活見学の時だって」
「……ふふ、そうですね」
佐藤はそうして、含みのある言い方をして笑う。
「……ま、頑張れよ。塩田はだいぶ難関だと思うぜ」
「そんな、受験する大学のランクみたいに……」
あきれる佐藤の言葉に笑って、俺はもう一度ジュースを口に含みながら、心の中で長期戦で難関に挑もうとする後輩と、中学時代からの付き合いになる戦友にそっとエールを送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます