第11話 君との出会い(前編)

・御園視点です


「よう、塩田」

 部室に入って早々、俺は目が合った同級生の塩田に声をかけた。


「……ああ、御園か。よう」

 数秒の間があって、塩田から返事が来る。


 どうやら部活が始まるにはまだ時間があるらしい。

 部室の窓枠にもたれかかってぼうっとしていた塩田の隣に立ち、俺は鞄の中からついさっき自販機で買ってきたペットボトルを取り出した。


「話すのは久々だな」と声をかける。

 声をかけられた塩田はというと、こちらの方を見ずに「顔自体は部活で見るけどな」と、相変わらずのドライな答えを返してくれた。


 中学時代から変わらない態度だったので、特に気にすることもなく俺はペットボトルのキャップを開ける。



 俺と塩田は中学時代からの付き合いだ。当時は何かと顔を合わせることも多く、手持ち無沙汰になんとなく話すことも何度かあったのだ。


 馬が合うというより、境遇が近かったことに対する親近感のようなものが、当時の俺たちを引き合わせ、行動を共にさせていたのだろう。


 思い返せば、中々凄い中学時代を送っていたなと思う。



 ――俺と塩田の在籍時代の中学には、二大イケメンと呼ばれる存在がいた。



 片方は王道イケメンで、もう片方はクール系イケメンだという話だったが、一体誰の主観だったのかは今も尚分かっていない。

 王道イケメンの方は知らないが、クール系イケメンの方はまあ確かになと思う部分があった。、だが。


 王道イケメンと言われていた俺だって、肯定した覚えなんて一度もないのだから、周りが勝手にそう思っていただけなのだろう。


 目が合っただけで黄色い歓声をあげられていた日々を思い出す。



 一度だって肯定したことはないが、中学時代に学内にいた二大イケメンというのが、俺と塩田だったのだ。



 男の俺はともかく、女子の塩田が二大イケメンの一人ってどういうことだよと思ったが、そんなことにいちいちツッコんでいてもしょうがない。

 それに二大イケメンが悪口というわけではないのだからと、俺はその肩書を恥ずかしいながらも甘んじて受け入れていたのだが、塩田自身がどう思っていたのかは、尋ねたことがないので分からなかった。


 そんな肩書も相まって、俺と塩田は当時学校の中でちょっとした有名人だった。


 しかし有名人にも関わらず「恐れ多い」とか何だとかで、互いに友達らしい友達はいたが、それ以外はほとんど人が寄り付かなかったのだ。

 そんな特殊な境遇で学校生活を送っていた俺たちが顔を合わせ、なんとなく話すようにまで、時間はあまりかからなかったように思う。


 俺たちが話すことを、男女だからと冷やかされることもなかった。

 むしろ目の保養だとか言われていた時代が懐かしい。


 高校に入ってからはそんな肩書を知る人物も減り、かなり落ち着いた学校生活を送れるようになった。

 同じ部活にたまたま入ってしまった時には、中学が同じだった同級生からはほんの少し騒がれた。

 さすがにそれ以上のことはなかったが、その時は二大イケメンと呼ばれた時代のことを思い出さずにはいられなかった。


 そんな俺にも可愛い彼女ができ、塩田も塩田で一緒に帰る男の影が見えてきたので喜ばしい限りだと思う。

 その男のことを思い出し、俺は隣の塩田に声をかける。


「そういや、まだ佐藤来てないな」

 からかいまじりに俺がそう口にすると、「見れば分かる」とだけ返ってきた。

 相変わらずのドライっぷり。これは佐藤も苦労するなと思いながら、俺は前々から思っていた疑問を口にした。


「そういや佐藤とはいつ出会ったんだ? 俺らとは中学違ってたよな?」

「いや、高校で初めてだから御園と同じだと思うけど」


 その答えに俺は「ん?」と首をひねる。


「……でも、塩田って佐藤が部活に入った初日から一緒に帰ってたよな? 部活に入る前から知り合いで、どっかの日に一緒に帰る約束を取り付けてたとかじゃねえの?」


「ああ、そういうこと」と、塩田が納得したように呟く。


「四月に部活見学、あっただろ。その時、覚えてないかもしれないけど佐藤が来てたんだ」

「……そうだっけか。よく覚えてんな」

「別に来た後輩全員を覚えてるわけじゃないよ。ただ、佐藤が名乗った時名前が『ウシオ』で一緒だったから、覚えていたってだけで」

「……ああ、なるほど」


 全く名前を呼ぶ機会がないので忘れかけていたが、塩田と佐藤は名前の読みが同じなのだ。

 俺たちの所属する部活に、佐藤という苗字は一人しかいない。

 だから部活内では、「ウシオ」と呼ぶより佐藤あるいは佐藤くんと苗字で呼んだ方が判断がつくのだ。


 しかし佐藤なんて苗字は他だとゴロゴロいるのだから、場所によっては名前で呼ばれる方が多いのだろうと思う。むしろ苗字で通じる方が珍しいのかもしれない。

 だから俺は佐藤の名前を忘れかけていたが、塩田の方は同じ名前だから佐藤のことが他の後輩よりも印象に残っていたらしい。


「……それで、部活の後に駅でたまたま会って、帰りが同じことに気付いたんだが、その時に佐藤が言ってきたんだ。『部活に入ったら一緒に帰りませんか』って」


「……だからって、知り合ったばっかの後輩と一緒に帰ろうとはならんとは思うがな」

「御園だって帰ってただろ。遊瀬浦ゆせうらさんと」

「それは付き合った後の話だろ! 付き合う前は話すのに精一杯で全然誘えなかったわ!」


 俺の言葉を聞いて「ピュアかよ……」と塩田が呆れたような声を出す。


「そういう塩田はないのか? 色恋の話」と俺は話題を逸らそうと声をかける。


「そうだな……最近告られた話ならあるけど」

「……女子にか?」


 告白されたと聞いて、真っ先に同性を疑うのも中々におかしいよなとは思いながらも、俺は尋ねてみる。


 中学時代、塩田は同性に、特に後輩女子から圧倒的な人気を誇っていた。

 噂だとファンクラブのようなものもあったらしい。

 真偽のほどは分からないが、塩田ならあり得るかもしれないとは思う。

 

 そんな俺の思惑なんていざ知らず、塩田は淡々としてその相手の名前を口にした。



「いや、佐藤」

「はあ!?」



 ――――今、何て言った塩田は?

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