第8話 年の差と噂の先輩
・7話の続きの話です
日直日誌を書き終えたら早々に提出して帰ろうと考えていたのに、予想より先生の雑談が長くて遅くなってしまった。こうなるなら早めに連絡を入れておくべきだったなと今更ながら後悔しつつ、下駄箱で靴を替えて扉をくぐる。
待ち人は、すぐに見つかった。走っている自分の姿に気付き、後輩の佐藤が手を振って応えてくれる。
端から見たら恋人にしか見えないよな、と心の中で苦笑しながら佐藤の元に駆け寄ると、「日直当番、お疲れ様でした」と労いの言葉をかけられた。
相変わらず周りをよく見ている気が利くいい後輩だなと思う。
おそらく本人も自覚しているのだろうけれど、それを周りに感じさせないところが佐藤のいいところだと思う。
「ありがとう。……結構待ってたか?」
「いえ、大丈夫です。さっきまで御園先輩と話していましたので」
「……御園?」
突然同じ部活の同級生の名前が出て、どういうことだろうと首をひねる。
それに御園と言えば、一に彼女、二に彼女、三も彼女で四あたりでようやく別の要素が出てくるような、優先事項がほぼ彼女みたいな男だ。
もちろん部活中はちゃんと部のことをしているが、部活が終われば早く彼女と帰るために片付けを終えたら真っ先に部室を出ていくような男なので、そんな御園が彼女を二の次にして佐藤と話しているという構図があまり思い浮かばなかったのだ。
よほど重要な話でもしていたのだろうかと、内容を尋ねてみる。しかし佐藤からは「いえ、別に」と、思ったよりあっさりとした答えが返ってきた。
「そんな大した話はしてないですよ。先輩か彼女のどちらかが来るまでの暇つぶし程度の話題だったので」
「……ああ、なるほど」
そういえば御園の彼女は別の部活だったなと思い出し、会話が一区切りついたところで自分も佐藤と二人、駅までの道を歩き始める。
帰る前に御園の話をしたからか、今日の帰り道の話題はいつの間にか御園のことになっていた。
「先輩は、御園先輩とは仲がいいんですよね?」と佐藤が尋ねてくる。
「まあ、中学が一緒だったし。そう考えると長い付き合いなのかもしれない」
「当時から御園先輩って目立ってました?」
「まあそうだな。今は彼女がいるから噂もあまり聞かなくなったけど、中学の時もそれなりに目立っていたよ」
余談だが御園はめちゃくちゃ顔がいい。背が高くてスラッとした体型をしているし、目鼻立ちがくっきりした華やかな顔立ちをしているから、中学時代から年齢問わず女子からかなりモテていた。
今年の春に入学してきた一つ下の後輩に一目ぼれして、猛アタックの末に晴れて彼女が出来た時には、何人もの女子が枕を濡らしたとかしていないとか、そんな噂も聞いたような気もする。
「やっぱりそうなんですね。……御園先輩って、俺のクラスでも結構有名人なんですよ。俺のクラスに御園先輩の彼女がいるってのもありますけど、その前からカッコいい先輩がいるって噂があったくらいなので」
「あー……そういえば御園の彼女って、佐藤と同じクラスだったっけか。カッコいい先輩がいるって噂があるなら、やっぱり今でも年下にもモテるんだな」
「年下にもということは、同級生にもモテるんですか」
「まあそういうことだな」
自分の言葉を聞き、佐藤がこちらの顔をじっと見つめる。
「……あの、先輩」
「はい」
「……実は先輩も、御園先輩のことが好きだった、なんてことは」
「それはないかな」
食い気味で返してしまったので、隣の佐藤が苦笑いをしていた。
御園とは気が合うし、友達としては好きな部類だ。が、恋愛的な目で見られるかと聞かれたら全力で首を横に振るだろう。
それに、中学校時代の御園との付き合いを思い返すと、やはり恋愛とは違うなという結論になってしまうのだ。
「……御園とは戦友みたいなものだから」
一番しっくりくるその関係の名を口にすると、佐藤はどういうことだろうと首をひねっていた。
その話をし始めると、駅に着くまでの時間では確実に足りないので、覚えていたらいつかしてやろうと思う。
忘れている可能性も大いにあるけれども。
そんなことをかい摘まんで佐藤に伝えると「絶対忘れてますね」と呆れたような表情を浮かべていた。
「だから別の話題にするのがいいと思うんだけど、佐藤は何か話題あるか?」
「え? ああ、そうですね……」
急に話題を振ったせいで、佐藤を困惑させてしまったようだった。
「……あ、じゃあ質問してもいいですか」
しかし、すぐにお題を持ち出してくるあたり機転が効く後輩だなと思う。
先程までは珍しく世間話をしていたが、これでいつもの大喜利へと軌道修正されるだろうと、若干の期待を込めて「どうぞ」と答え、佐藤の言葉を待った。
「先輩はどう思います、年の差って」
だから御園関連の話題がそのまま続くとは思っていなくて、一瞬だけ何のことを言われているのか分からなくなってしまった。
「どうとは?」
尋ねると、佐藤はハッとしたようにこちらを見る。
そこにはどこか迷うような素振りがあったが、すぐに何か覚悟を決めたようにもう一度こちらを見つめた。
「恋人としてどうかなっていうことです。やっぱり同い年の方がいいですかね」
おそらく自分が一番あざといと思っているだろうあどけない表情で、目の前の後輩は小首を傾げて尋ねる。
それを聞いてどうするんだとか、結局年の違う彼女がいる御園の話題から抜け出せないままだったなとか、そんな軽口も出せないまま、こちらを見つめる後輩から目をそらし、口を開く。
「…………いいんじゃないのか。別に年齢差なんて当人たちの問題だろうし」
「…………そうですよね」
心なしか佐藤が嬉しそうな表情をして呟く。
だから「世界には自分と同い年の人間より、自分と違う年の人間の方が圧倒的に多いからな」という皮肉じみた言葉は飲み込むことにしておいた。
佐藤は気付いているのだろうか。
先程の佐藤の質問は、御園カップルのことはもちろんだが、今帰り道を歩いている自分と佐藤にも当てはまるということに。
年の差というワードからか、なんだか自分たちのことを聞かれた意味のある話題のような気がして、少しだけ心臓に悪かった。
……いや、そう見せかけてやはりこれも、駅に着くまでの暇つぶしとして消化される無意味な話題の一つなのだろうか。
そう思い佐藤の顔をちらりと見るが、相変わらずドライで飄々とした態度をとる後輩の本心は、少しだけ見るくらいじゃ何も分からかった。
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