第7話 どんでん返しとその効果
「先輩、俺この前本屋に行ったんですけど、新刊の小説コーナーに行ったら、本の帯やあらすじに『どんでん返し!』って書いてある本が多くて驚きました。あれってどう思いますか」
相変わらず隣のこの後輩は、いつも唐突に話を振ってくるなと思う。そんな隣の後輩、日本で一番多い苗字を持つ佐藤とは同じ部活に所属しているが、部活中は互いの同級生と話すことが多くほとんど会話しない。
しかし、こうして部活が終わると、佐藤は先輩後輩関係なく――佐藤は一年なので後輩はいないが――色んな人に話しかけることが多い。
そういうところは社交的ですごいなと密かに思っているが、口にはしていない。
「先輩、聞いてますか?」
先ほどの問いに返事をしなかったので、佐藤が少し拗ねたような表情を浮かべる。その顔を見てまだまだ幼いなと思いながら、「聞いてる聞いてる」と答えてその幼さの残る後輩の問いについて考えてみることにした。
確かに最近のブームとして「ラスト〇ページで騙される!」であったり「驚きの展開が待ち受ける!」であったりの、いわゆる「どんでん返し」を使用している本は多いような気がする。
別にどんでん返しの話は嫌いではないが、佐藤の言う通り最近そういう帯の本をよく見かけるようになった。
書いている作者がどんでん返しが好きだからというのもあるかもしれないが、受け取る読者側の需要も多いのだろう。書店に多く並べられているのがその証拠だ。
その内、どんでん返しのネタが飽和状態になって、新作が出なくなるかもしれない。
そんないらぬ心配をしてしまうくらい、確かに最近どんでん返しの小説は多い気がした。
「確かに最近多いよな。佐藤はどんでん返しの小説が嫌いなのか?」
「いえ、普通に読みますけど。ただ、あまりにも最近どんでん返しの小説が多いので、その内ネタが尽きるんじゃないかとは思ってます」
どうやら佐藤も同じような結論に至っていたらしいので笑うしかなかった。
ひとしきり笑った後、思い付いたことがあるので「でもさ」と口を開く。
「でもさ、どんでん返しにも色々あるだろ。同じネタだったとしても、書くジャンルによって結構変わるだろうし。ああいうアイデアって凄いよな」
「確かに凄いですよね。俺には真似できないです」
「『男だと思っていたら、実は女だった!』とか結構びびる。あとは舞台自体が違ってたりとか。でも、こういうのは読んだ奴としか共有できないからなあ」
「そうですね。おすすめし辛いのが難点ですよね」
「……まあ、どんでん返しってそんな感じだよな。あらすじに書いてあることだけが全てじゃない。書いてないことが後々の物語で重要になる。でも、書いてないから読まないと分からない。そういう『書いてないもの』に対する驚きを求めて、どんでん返しの小説を読む人もいるのかもしれないしな」
こちらの言葉に対して、後輩がうーんと頭をひねり出す。
なんだか難しい話になってきたなと思いながら、とりあえず現在進行形で何かを考えているらしい佐藤の言葉を待つことにした。
「……どうなんでしょうね。感じ方は人それぞれでしょうから、何を求めているかはよく分からないですけど。……でも、情報を書かないことで誤解させる技術って凄いですよね。叙述トリック? って言うんでしたっけ。さっき先輩も言ってましたけど、性別を誤解させたり、舞台自体を同じに見せかけたりする方法。……そう考えると、先入観って凄いですよね。書いてないのに、先入観でこうだと思い込んでしまう」
後輩がこちらを見て不敵な笑みを浮かべたので、ああそういうことかと、こちらも笑顔がこぼれそうになった。そして、後輩の求めているであろう言葉を佐藤に向かって投げかける。
「なるほど、つまり書いてないにも関わらず、読者は勝手に『今までこうだったから今回もこうだろう』と誤解をすると。そういうことだな」
「そういうことです。ね、
目を細めて笑う後輩に、「そうだな」と笑みを返してやる。
彼女の部活が終わるまでの暇つぶし程度で佐藤と会話を始めたが、中々面白い時間潰しになった。
佐藤の待ち人――普段駅まで一緒に帰っている「先輩」は、日直日誌を出しに行くとか何とかでまだ戻ってきていない。
そしてどうやら、待ち人が来るのはこちらの方が先だったようだ。
彼女の姿を見つけたので佐藤に「じゃあな」と別れを告げる。
「はい、それでは」と口を開いた佐藤に、彼女の元に行く寸前で「じゃあ佐藤もデート頑張れよ」と手をひらひらと振ると、言われた佐藤は相変わらず幼さの残る顔立ちで拗ねたような表情をこちらに向けた。
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