第6話 拡散する種
「先輩、俺と先輩が付き合っているという噂があるそうですが」
部活が終わって校門を出た瞬間、隣の佐藤がこちらを見ずにポツリと呟いた。少しは驚いたが、足を止めるほどではない。駅に向かうまでの帰り道、いつも通り大喜利が始まると思っていた佐藤との会話は、今日はどうやら自分たちの噂話から始まるようだった。
「……へー、そうなのか」
「びっくりするくらい反応薄いですね」
一度こちらを見た佐藤が、呆れたような表情をしてから再び正面を向いた。
「そういう佐藤こそ、当事者とは思えないくらい他人事だぞ」
「だって事実無根じゃないですか。その噂を流した人、絶対俺と先輩のこと知らないですよ。少しでも知っていたなら、付き合っていないことくらい分かりますもの。節穴ですよね」
相変わらず可愛い見た目に反して現実的な性格をしているなと思う。自分も人のことは言えないが、佐藤が言うとより身も蓋もないなと思ってしまうのは、やはり彼自身の見た目のギャップのせいだろうか。
「……完全に一緒に帰っているせいだろうなあ」
「俺もそう思います」
ポツリと呟くと、佐藤はこちらを見ずに肯定の意思を示した。だからといって隣の後輩と帰ることを止めるのかと言えば「NO」になるのだろうけれど。隣を歩く佐藤とは部活が同じで、帰る駅も同じだ。だから、部活が終わってから駅に向かうタイミングはどうしても同じになる。帰らないと決めたところで、どこかで鉢合わせになるのがオチだ。
この話題を持ちかけた佐藤も、同じような結論に落ち着いたに違いない。どちらとも「じゃあ一緒に帰るのを止めよう」とは言わないまま、佐藤は次の提案を持ちかけた。
「――なので、どうにかしてこの噂を潰しませんか?」
「……中々物騒なことを言うなあ」
感心したように呟くと、隣の後輩は少しムッとした表情をした。
「そりゃあ物騒な言い方にもなりますよ。この手の噂は早く潰しておかないと、あっという間に広まっちゃいますから。今なんてSNSですぐ拡散されますからね。どうします? 俺と先輩の話がまとめられてバズっちゃったりしたら」
人差し指を掲げて自慢げに笑う佐藤を華麗にスルーしつつ、一応頭の中で佐藤の言ったことを思い浮かべようとしたが、あまり想像がつかなかった。
「というか、いち先輩と後輩の噂だけでそんなことにならないだろ……」
「分かりませんよ。SNSを舐めないでください」
逆に佐藤はSNSを過信しすぎだと思ったが、口にはしなかった。確かに今の時代、SNSの影響力は凄いが、知りもしない誰かの噂がそこまで拡散されることもあるまい。それよりも生徒間での口頭での噂を危惧するべきだろう。
「その噂を流した奴とは知り合いなのか?」
「いいえ、でも友達から聞いたんです。そういう噂があるって」
知り合いじゃないのか。ということは、直接本人に止めろという事も難しいだろう。
「困りましたねえ」と、さして困ってなさそうな表情で佐藤はこちらを見る。その目を見て悟る。きっと、互いに考えていることは同じなのだろう。噂自体は別に流されてもいいのだ。聞かれたところで否定すれば済むのだから。でも「別にいいか」で終わらせるにはあまりにも惜しいから、こうしてまだこの話題を続けているのだ。
「それならどうする? 帰るの止めるか?」
始めるきっかけを作ろうと、こちらから口を開いてみる。大人しく「はい」とは言わないだろうなと思いながらも聞いてみると、予想通り、佐藤は「待ってました」とでも言いたげな表情でこちらを振り返って口を開いた。
「いいえ、それよりももっと面白いことがありますよね?」
そう言って佐藤が、不敵な笑みを浮かべる。その顔でなんとなく次の言葉が予想できてしまった。
「もっと面白い噂を流しましょう! 付き合っている噂が霞むくらいの!」
――これだからこの後輩と帰るのは止められない。そう改めて思った。
そこから駅に着くまで、いかに面白い噂を作り上げるかに時間を割いた。
後日、自分と佐藤が付き合っているという噂よりも、もっと周りの興味を引く噂が出たのか出てないのかは、想像に任せようと思う。
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