第5話 Uターンする帰り道
「――――あ」
いつも通りの平日の午後だった。部活が終わって駅に向かうまでの帰り道の途中、隣を歩いていた後輩の佐藤が何かを思い出したように立ち止まる。
「どうした、佐藤」
「忘れ物しちゃいました。取りに行ってきます」
「重要なものなのか?」
「はい、一応……なかったら困るので」
「……そうか」
焦ったように、鞄の中と今まで歩いてきた道を交互に見ていた佐藤が、困ったようにこちらに視線を移す。
「……先輩は、どうしますか?」
そう聞かれて、うーんと首をひねる。どちらでもいい、というのが最初に頭に浮かんだからだ。場所もちょうど学校と駅の中間点あたりなので、ここで佐藤と別れて先に行くことも、一緒に戻ることもできるような微妙な距離だったということも理由としてあったのかもしれない。
「待っておいた方がいいか?」
こういう時は直接聞くに限る。質問を質問で返したにもかかわらず、聞かれた佐藤は「待っていてくれるんですか!」と華やいだ表情を浮かべた。
「まだ電車が来るまでに時間があるからな」
「ありがとうございます!」
そして「すぐに戻ります!」と佐藤はUターンで来た道を戻っていった。一つしか年が違わないが、ああやって忘れ物をしたというだけで走って戻れる元気があるのは若いなと思った。一つしか年が違わないけれども。
佐藤の姿が見えなくなったところで、さてどうやって時間をつぶそうかと、とりあえずスマートフォンを取り出して適当にアプリを開いてみる。
それから十分ほど経った頃だろうか、スマートフォンの画面を見ていたところに、明らかに女の子の声だと分かる高い声が耳に入ってきた。
「――塩田先輩、どうしたんですか?」
その声の主を探してスマートフォンから顔をあげると、同じく部活の後輩の女の子がそこに立っていた。彼女も確か電車通学で、自分たちと同じ駅で電車に乗って帰るはずだった。おそらく彼女の方も、同じ電車通学組だと知っているのだろう。「なのになぜまだここに……?」と、彼女は立ち止まっているこちらを不思議そうに見ていたので、簡潔に今の状態を伝えておいた。
「佐藤を待ってるよ」
「え? ……ああ、そういえばさっきすれ違いましたね。忘れ物ですか?」
「そんなところ」
「律儀ですねえ」
私なら置いていっちゃいますねえと、彼女は間延びした声でニコニコと笑う。わざわざ忘れ物を取りに行った佐藤のことかと思ったが、待っているこちらのことを指して「律儀」と言っていたらしい。部活中、何度か話したことはあったけれど、相変わらずふわふわとした喋り方をする子だと思った。
佐藤も似たような男だが、佐藤の方はおそらく意識的にそれをしている。
しかし彼女の方は分からないなと、そんな印象を持たれているとは思っていないだろう、彼女はそのままの言動で、しみじみといった感じでぽつりと呟いた。
「――本当に彼は塩田先輩が好きですねえ」
そうか? と彼女の言葉を聞いて首をひねる。自分が見た限りだと、佐藤は部活中、誰に対してもだいたい好意的な態度をとっていると思う。部活ではマスコット的存在として愛されているところからもそれは伺えるだろう。
例えば今、こうして佐藤と帰っているのは自分だけど、それは単に自分と帰り道が同じだったからというだけで、自分じゃない別の誰かだったとしても、佐藤は同じように話し、笑い、相手に楽しい時間を提供してくれるだろう。
「佐藤は誰に対してもあんな感じだろう。たまたま帰り道が同じだったから一緒に帰っているだけで」
「……先輩って、案外鈍いんですね。私だって帰り道同じなんですよ?」
「――――お待たせしました!」
その答えに何か浮かびそうになったところで、佐藤が息を切らしながらこちらに駆けてくる姿と声が聞こえて思考が中断される。それを合図に「さようなら先輩」と彼女が駆け足で去っていってしまったので、彼女からその意図も聞けずじまいになってしまった。
一体何がしたかったのだろうか。
その数秒後、隣に駆け寄ってきた佐藤が、彼と同級生の子の向かった先を不思議そうに見つめていた。しかしすぐに興味は別に移ったようで、佐藤の目はゆっくりとこちらを向いた。
「何の話をしていたんですか?」と佐藤が問う。
――私だって帰り道同じなんですよ?
さっきの彼女の言葉が頭の中をよぎる。確かにそうだ。でも、佐藤はその子ではなく自分と帰る選択を取った。それに、何かしら意味があるとしたら、どんな理由があるのだろう。
でも、それを佐藤本人に尋ねて疑問を解消するよりも、どう返答したら面白いだろうかと瞬時に考えてしまうあたり、もう十分佐藤に毒されているのかもしれないとは思ったが、それは口にしないでおいた。
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