第1話 最後の三分間
後輩の佐藤は、いつも唐突に話を振ってくる。
「今日は、三分でできるカップ麺を待つまでの、最も有意義な過ごし方について考えませんか?」
よくもまあ、次々とおかしな議題を思いつけるものだと思う。前回は「ルールを破ったにもかかわらず、誰からも咎められない、そんなルールは存在するのか」で、その前は「ペンは剣よりも強し、ということわざに匹敵する新たなことわざを作りたい」だったか。ただただ思いついたアイデアを相手に伝えて反応を貰うだけの、ほとんど大喜利に近いこの問答は、すでに自分と佐藤によって何度も行われていた。
そういえばどちらも結局、結論らしい結論が出なかったような気がする。結局のところ佐藤とする問答は、どこまでいっても暇つぶしでしかなく、真剣に聞くだけ無駄なのだ。
だけどこの時間が、自分は好きだった。
例え、部活が終わって、学校から最寄り駅に着いてそれぞれの路線に別れるまでの、十数分しかない時間だったとしても。いつか佐藤自身が飽きるまでは付き合ってやろうと密かに思っているけれど、本人には言っていない。
「スマートフォンで何かしらやっていたら、三分なんてすぐ過ぎるだろう」
思いついた考えをスラスラと口にする。実際に自分がカップラーメンのできる三分間を待つとしたら、そうするだろうと思ったからだ。
しかし、大喜利の回答としては面白くない。佐藤もそう思ったようで、口をとがらせてムッとした表情をした。
「先輩、その答えはナシでしょう……」
「……ごめん、自分でも思った」
素直に謝罪すると、佐藤はそれ以上追及することはなかった。
「……それにしても、時間を潰すために真っ先にスマートフォンを挙げるなんて、先輩は現代っ子ですねえ」
一つしか年の違わない後輩はクククと笑った。年齢に見合わない幼い外見で笑う佐藤の様子は、まるで近所に住んでいる小学生のいたずらっ子のようだと思う。
「そう言う佐藤はあるのか?」
「俺ですか? 俺の考えは凄いですよ?」
よくぞ聞いてくれました! とばかりに佐藤は目を爛々と輝かせてこちらに向いた。佐藤の様子を見る限り、かなり自信があるようだ。
「俺はその三分間で、先輩に楽しい議題を提供します! どうです、先輩にとって有意義でしょう?」
「なんで一緒にカップラーメンを作っている前提なんだ」
思わず無防備な佐藤の頭のてっぺんに手刀を打ち込む。「痛!」と大げさに佐藤は叫んでいるが、加減はしたので実際はそこまで痛くなかったはずだ。頭をさすりながら、佐藤が上目遣いでこちらを見る。
「えー、いいアイデアだと思いませんか?」
「だから、どんな場合に一緒にカップラーメンを作る機会があるんだって」
しかも大喜利としても成立していない。正直、今回の佐藤の回答はさっきの自分とどっこいどっこいだと思う。
「……先輩って、結構頭が固いですよね」
そう言って佐藤は無邪気に笑った。しかし、どこまで本心なのか分かったものじゃない。思わせぶりな言動で人をたらし込むことに長けている佐藤は、顔立ちが幼いことも相まって、部活内ではマスコット要因として部員から好かれている。しかし、自分は知っている。佐藤には、案外ドライなところがあり、飄々としていて、掴みどころのない男だということを。
「そうだ、先輩」
一歩前に踏み出して、佐藤はこちらに顔を向けて小首をかしげた。佐藤は、自分が一番可愛い角度をよく分かっている。佐藤に恋愛感情を抱いてないに相手だとしても、きっと好意的に感じるんだろうなと思う動きだった。
そんなことを考えていると、佐藤はそのポーズのままにこりとして口を開いた。
「先輩、カップラーメンじゃないですけど、今から駅の近くのラーメン屋に行きませんか。今ならあそこ、百五十円引きなんですよ」
まさか自然にラーメン屋に行くために、この話題を振ったと言うのか。
そうだとしたら、佐藤は――。
「で、先輩。どうですか?」
自身が思う一番可愛い角度とポーズで畳みかける。佐藤から目線を反らすようにして、何とか言葉を紡いでいく。
「……ラーメン屋でラーメンが出てくるまでの時間は、三分間じゃすまないぞ」
「安心してください、三分以上の議論を約束できるロングバージョンもあります。退屈なんてさせませんから」
そう言って佐藤は楽しそうに笑った。
後輩の佐藤は、幼い外見に反して、結構策士なところがある、と思う。
ラーメン屋の扉を開きながら、人知れずそんなことを考えていた。
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