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星の瞬き始めた街を、エミリアはアルフレッドと二人、子供の頃のように手を繋いで帰った。
恥ずかしいような嬉しいような不思議な気持ち。
頭の中ではアルフレッドの『焼きもちだったんだよ』や『エミリアがいる町に』という言葉が、何度も何度もくり返されている。
(どういう意味だろう……? まさか……? いや、まさかね?)
自分の手を握るアルフレッドの大きな手を見つめながら歩き続けるエミリアは、坂道のてっぺんに自分の家が見えて来た瞬間、その玄関扉の前に人影が立っていることに気がついた。
月の光を反射して、昼間よりも眩しく輝く淡い色の髪。
挑むようにこちらを見据える大きな蒼い瞳。
エミリアとアルフレッドは、どちらからともなく繋いでいた手を離した。
人影――アウレディオは、近づいてみると、月明かりの中、冷たくも見えるほど冴え冴えとした表情をしていた。
「遅くなるんなら、一言そう言ってくれ」
その言葉で、アウレディオがアルフレッドを心配していたのだということがわかった。
「お前もだ。リリーナが心配して、さっきからあちこち捜しまくってるぞ」
いつもよりかなり帰宅時間が遅くなってしまったことに今ごろ気がついて、エミリアはハッとした。
「まあ、二人一緒だったんならいいけどな」
小さくため息を吐いて自分の家へ帰ろうとするアウレディオに、エミリアは急いで呼びかける。
「ごめん、ディオ」
アウレディオが面倒そうに少しだけふり返って手を振った。
「謝るんなら俺じゃなくてリリーナに謝れ」
それでもなぜか、エミリアはくり返さずにはいられなかった。
「ごめん」
アウレディオは仕方なしに体ごとふり返り、大きく頷く。
「わかったから」
そして家に入ってしまう。
その一瞬のアウレディオの顔が、エミリアはいつまでも忘れられなかった。
(違う……こうじゃない……こうじゃないってことはわかるんだけど……私、何がしたいんだろう? ディオに何が言いたいんだろう?)
心の中で自問自答しているところに、アルフレッドが悪戯含みの声で呟く。
「お目つけ役に怒られちゃったな……」
ちょっと茶化したような言い方がアルフレッドらしく、エミリアは苦笑しながら彼の顔を見上げた。
「うん」
その途端、アルフレッドの紫色の綺麗な瞳が、ググッと近づいてくる。
エミリアは思わず反射的に目を閉じた。
(えええっ? えっ? これって、もしかして……)
半信半疑の思いながらも、心臓が縮みあがるような心境で目を閉じたのだったのに、次の瞬間、耳のすぐ横でアルフレッドの大爆笑が響き渡る。
「おいおい、そんなにぎゅうぎゅう目をつむるなよエミリア……人相まで変わってるぞ」
その失礼な物言いにエミリアは首まで真っ赤になって、ちょっと腹を立てた。
「そんな言い方ないじゃない! やっぱりアルは、意地悪アルフレッドだわ!」
「なんだよそれ?」
涙まで流して大笑いするアルフレッドにつられて、エミリアも思わず笑い出す。
けれど実際のエミリアの胸中は、たった今気づいてしまった事実に、笑うどころの気持ちではなかった。
それがアルフレッドの心からの思いだったにしろ、雰囲気に流されたのにしろ、アルフレッドは多分今、エミリアにキスをしようとした。
二人とも笑い出してしまって、すでにそんな甘い雰囲気はもう跡形もなく消え去ってしまったが、もしさっきアルフレッドとキスしていたら、果たしてどうなっていたのだろうか。
――エミリアは必ずミカエルに恋をする。
――エミリアがキスしたら、ミカエルは本当の姿を取り戻す。
母の話が全て本当だとしたら、アルフレッドはいったいどうなっていたのだろう。
エミリアとキスして、本当の姿を取り戻して、その先は――。
(お母さんが言うところの『天界』とやらに帰って、大天使ミカエルの後継者として生活していくんじゃないの? だとしたら私はもう二度と、アルには会えないんじゃないの?)
そんな大切なことに、エミリアはこの時になって初めて気がついた。
まるで足もとにぽっかりと穴が開いたような気分だった。
アルフレッドと笑って別れた後、エミリアはこぶしを握りしめ、意を決して家へ帰った。
自分の疑問に対する正しい答えを知っているだろう唯一の人物――母に、一刻も早く会うために。
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