3
懐かしい思い出を頭の中で反芻しながら、エミリアは昔の友人と食事をしてからアウレディオの家へ行くというアルフレッドと、途中で違う道に入るフィオナと別れ、アウレディオと二人で、家までの坂道を歩いた。
「ディオ……アルが帰ってくるって、本当は知ってたんでしょ……昨日の手紙、ひょっとしてアルからだったの?」
「ああ」
あっさりと答えるアウレディオを責めるつもりは、エミリアにはなかった。
恨み言を言ってみても、きっとアウレディオは眉一つ動かさない。
「いきなり再会したほうが盛り上がるだろう? だから敢えて黙ってた。でもまさか地図を片手に、お前の仕事場まで捜しに行くとは思わなかったけどな……どうだ? 感動した?」
「知らない!」
エミリアはぷいっとそっぽを向いた。
確かに顔もまだはっきりとは見えない距離の時から、自分は窓の外の人物に釘づけになった。
昔からどうしようもなく、アルフレッドが気になることは確かだ。
しかしアルフレッドに対する思いを、簡単に『恋』だと言ってしまっていいのかは難しい。
(だってそれって……)
エミリアの沈黙をどういうふうに解釈したのか。
アウレディオはため息まじりに呟く。
「結局そうなんだよ」
エミリアはその横顔をじっと見つめる。
「どんなに憧れの人が増えたって、お前が好きなのは、結局子供の頃からアルフレッドなんだよ。今この時に、タイミングよくこの街に帰ってきたのが、何よりの証拠だろ?」
「それってもしかして……」
自分がぼんやりと考えていたことと、アウレディオの言わんとしていることは同じのように感じて、確認のために目だけで訴える。
(アルが私たちが捜してるミカエルだってこと……?)
軽々しく口に出してはいけないような気がした。
そうでなければ、とり返しのつかないことになりそうな気がする。
アウレディオも何も言わない。
ただじっとエミリアを見つめ返してくる。
その瞳は、とても穏やかで静けさに満ちているように感じた。
と同時に、なんだかもっと違う色を帯びているようにも思えてならなかった。
直感のようなその思いが、決してまちがいではなかったとエミリアが知るのは、まだこの時ではない。
翌日の夕方、再びアマンダの店を訪れたアルフレッドは、伸び放題になっていた髪をさっぱりと切り揃えていた。
紫色の瞳がいっそうはっきりと見えるようになって、エミリアは動揺を隠せない。
(ディオが変なこと言うから……なんだか変に意識しちゃう……!)
エミリアのほうはアルフレッドの一挙手一投足にドキドキしているのに、当の本人はそんなことはおかまいなしのようだ。
「すごい顔だなエミリア。まるで百面相だ」
などと言いながら、悪気なく笑っている。
同じことをもしアウレディオに言われたとしたら、エミリアはこぶしをふり上げて猛然と怒るところなのに、そうしようと思わないのはどういうことなのだろう。
誰に尋ねたとしても、返ってくる答えはおそらく一つだろう。
(私はやっぱり……アルのことが好きなの?)
自らに問いかけるエミリアは、
「お邪魔だろうから、私は一人で帰るわ」
といなくなったフィオナに別れを告げ、アルフレッドと二人で、夕暮れの街を家へと急いだ。
アウレディオも先に帰ったとのことだった。
「懐かしいな。すっかり変わった場所も多いけど、昔と全然変わってないところもある。エミリア……あの広場の隅の砂場を覚えてるか?」
「もちろん覚えているわ! 私がディオと一緒に砂のお城を作っていたら、いつだってアル率いる男の子たちに突撃されて、めちゃくちゃに壊されたのよ!」
口を尖らせて文句を言ったエミリアに、アルフレッドは大きな声で笑いだした。
「ハッハッハ。俺もまだまだガキだったからなあ。そんなことやったって逆効果だって今ならわかるんだけど……」
「逆効果?」
「ああ。ただのやきもちだったんだよ」
エミリアはハッとアルフレッドの顔を見上げた。
紫色の瞳がこれ以上ない優しさをたたえて、エミリアを見つめる。
昔のアルフレッドからはとても想像できない表情。
けれど再会してからは、何度もエミリアを動揺させる表情。
エミリアは慌てて、視線を前へ向け直した。
心臓が爆発しそうに激しく脈打っている。
黙っていると息が詰まりそうで、何かを話さなければと思うのだが、何を話したらいいのかまったく浮かんでこない。
パクパクと口を開けたり閉めたりをくり返すエミリアに、プッと小さく笑って、アルフレッドは唐突に口を開いた。
「俺さ、親父とお袋の本当の子供じゃなかったんだ」
そのあまりの内容に、エミリアははたと足を止めた。
しばらく固まった末に、目を剥いてアルフレッドを見上げる。
そんなエミリアに視線を落とし、アルフレッドは大きく破顔した。
「何だ? やっぱりすごい顔だぞ、エミリア」
屈託のない笑顔に、エミリアはアルフレッドの強さを感じた。
小さな頃からどんな時でも自分の力を信じ、それを出し切ることに躊躇がなかったアルフレッド。
彼はエミリアの知らない土地でも、そのままの心で成長し、そしてこんなに強い人になった。
「夫婦揃って事故に遭って、いよいよダメだって言い渡された時、見守る俺を呼び寄せて、実は養子だったなんて言うんだ。まったく……天地がひっくり返ったような驚きだったよ」
軽い口調と明るい声とは裏腹に、アルフレッドの話の内容は重く辛いものだった。
けれど驚きや悲しみや寂しさ、いろんなごちゃ混ぜの感情を自分の中で昇華し、乗り越えたからこそ、こんな話だって笑ってすることができるのだろう。
アルフレッドのその強さに、エミリアは激しく焦がれた。
「今まで信じてきたものが全部嘘だったような気がしてさ。しばらくは仕事も何もかも全部嫌になって、自暴自棄になったこともあったけど……でもおんなじ環境にいるあいつの言葉だけは、不思議といつでも心に響いた」
『あいつ』という言葉に、エミリアは思わずピクリと反応した。
色素の薄い柔らかな髪が、目の前をチラチラする。
「帰ってきたくなったんだよ……あいつがいる街に。そしてエミリアがいる街に……!」
不意に真顔になって自分を見つめるアルフレッドに、エミリアはどうしようもなくドキドキしていた。
しかしどうやらそのドキドキは、単純にアルフレッドのせいばかりとはいえないようだ。
彼が口にした『あいつ』という言葉に、どうしようもなく動揺する。
そんなエミリアに気づいているのかいないのか。
アルフレッドは少し切ないような表情で、いつもとは違う笑い方をする。
「帰ってきてよかったよ。きっと何かが変わる気がする」
さし出されたアルフレッドの右手を、エミリアはぎゅっと握りしめた。
「うん、私も。私もそう思う……」
漠然とした予感はあるものの、それがどういう変化なのか。
エミリアにはまだ、本当にはよくわからないままだった。
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