エミリアから「大切な話がある」と告げられた母は、そのための時間をすぐに設けてくれた。

 おそらくいつかはと、はじめからわかっていたのだろう。

 居間の一画に置かれた長椅子に腰をおろし、エミリアの質問に一言一言頷きながら、真剣に答えてくれた。


 そしてエミリアは、それがアルフレッドであるにしろないにしろ、ミカエルである人物とは、キスしたら最後、もう二度と会えないということがわかった。


「エミリア……ごめんね……」

 説明し終えると感極まって、泣き出してしまった母には何の罪もない。

 そんなことはエミリアにもわかっていた。

 恨むなら最初から、母が言うところの『神様』だ。


 しかしすっかり脱力してしまったエミリアは、俯いたまま、呟くことしかできなかった。

「神様って、ほんと……意地悪だね」


 『聖なる乙女』としての仕事を成功させて母と一緒に暮らすか。

 自分の好きな人をミカエルの姿に戻さないために母を諦めるか。


 エミリアには最初から、どちらか一方しか選ぶ権利はなかったのだ。


 これが一週間前の話だったら、エミリアは迷わず母を選んだだろう。

 しかし、小さな頃から好きだった、そしてようやく帰ってきてくれた、ひょっとすると自分に好意を抱いてくれているかもしれないアルフレッドが、これきり目の前からいなくなってしまうのかと思うと、もうそんなに簡単にどちらかを選ぶことはできない。

 ――できるわけがない。


 泣き崩れてしまった母と共に、エミリアは呆然としたまま長い時間、居間の椅子に座り続けた。




 二人のやり取りを黙って見守っていた父が、母を二階の寝室へと連れていった。

 そしてすぐに、また階下に降りてくる。


「もう眠るように言ってきたから……」

 エミリアを安心させるようににっこりと笑い、それからいくら考えても答えの出ない長話に、延々とつきあってくれた。


(お母さんがいなくなってから、こんなふうにいつでもお父さんと二人で乗り越えてきたな……だから今度こそお父さんを幸せにしてあげたかったのに……お母さんとずっと一緒にいさせてあげたかったのに……!)


 エミリアの思いと父の思いは、同じだ。

 だから今回ばかりは、いくら話しあっても平行線で、決して合意できそうにはない。


「お父さんは、お母さんと出会ってエミリアが生まれて、もう一生分の幸せを貰ったと思っている。そしてそれは、この先たとえお母さんと離れてしまっても、ずっと変わらないと信じている。だからエミリアは私たちのためなんかじゃなく、自分のしたいようにすればいいんだよ」


 優しい父の声に、エミリアは黙ったまま首を横に振り続けることしかできなかった。


(それはだめだよ。絶対にだめだ。でも大好きな人を失うなんて……私にはそれも絶対に無理……!)


 考えても考えても、答えの出ない長い夜だった。



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