第7話 先輩

 木漏れ日の下、源治と美希は連れ立って新緑豊かな公園におり、芝生の上に座り、談話をしている。


 辺りには彼ら以外誰もおらず、彼らの話し声だけが公園中に聞こえている。


「なぁっ……」


「?」


 源治は、シャイというわけではないのだが、女性に手を触れるのが恥ずかしいのだが、手を触れるという行為をしてもいい雰囲気だなと分かり、美希の手を握る。


「!? どうしたの!?」


 美希は驚いた表情で源治を見つめる。


「あ、いや、ごめん!」


 源治は、自分の経験則が外れて、嫌われたんじゃないのかと、慌てて美希から手を離す。


(俺のような奴じゃあ、こんな才女と手を触れる資格なんざないんだ……! 俺は場末のピンサロ嬢がお似合いなんだ……!)


 自分の履歴書の劣悪さと、美希の学歴とは歴然としており、やはり俺は無理なんだなと源治は深いため息をつく。


「ううん、いいよ!」


「え!?」


 美希は源治の手を握り返す。


 源治は、美希のあけっぴろげな態度に鳩が豆鉄砲を喰らったかのような、予想外のことに呆気に取られており、美希の掌から伝わる、血流による体温を感じ取り、風俗嬢では味わえない、高校時代に、金髪の泣き黒子があった女生徒と付き合っていた時以来の、惚れている女が目の前におり、明らかに自分に好意を示しているのを周りに自慢したい気持ちで一杯である。


「ねぇ、寝転がろうか!」


「あぁ……」


 源治は美希に誘われるがまま、芝生に寝転がる。


(あぁ……何て俺は幸せ者なのだろうな)


 刹那、美希の顔がぐにゃりと曲がり、卑猥な笑みを浮かべている美香の顔になる。


「ねぇ、抱いてよ……!」


 ****


「うわああー! ……はっ」


 源治は自分の悲鳴で目が覚め、慌てて周りを見やると、6畳一間の自分の部屋が視界に広がっており、当然の事ながら美希はおろか、自分の貞操を奪い、人生を台無しにした春香はいない。


 時計を見やると、時刻の針は午後9時と5分辺りを指している。


 身体中が冷や汗まみれであり、風呂に入ろうと立ち上がるのだが、何か予感めいた事に気が付き、スマホを見やると、御子柴と美希からのLINEメッセージが入っている。


『お疲れ様。お前の母親がお前に会いたいって言っているんだが、会いたいか?』


(マジかよ……!?)


 御子柴からは、両親が酷い覚醒剤の後遺症を患っており、一緒の施設にいさせるとまた2人で悪いことをする為、別々の施設にいるのである。


(何故今更会いたいんだろうな……どうすりゃいいんだろう?)


 胸にあるのは、もう二度と会いたくないという気持ちと、殺したいという気持ちと、だが、実の親だから会いたいという血の繋がりの身内の情という、人生で生きるのに必要なのだが無くても生きられる感情が入り混じっているのである。


 源治は気を取り直して、心の拠り所である美希のLINEメッセージを開く。


『ねぇ今何してるの? 暇だったらさ、遊びに来ない?店に。私今日休みでここに遊びに来てるのよ、一人でさ……』


 つい数分ほど前に送られてきたメッセージを、源治は食い入るようにして見つめ、一呼吸を開き、無料ラインスタンプの、キャラクタースタンプを送る。


(これって俺、誘われてるって事だよな!? 好意があるって事なのか!?)


 源治のメッセージはすぐに既読になり、美希からも、了承の意味を送るスタンプが来て、源治はニヤリと笑い、立ち上がり、体に染み付いた汗の匂いで嫌われたくはないとユニットバスの浴室へと足を進める。


 ****


 深夜の22時近くなのだが、ヒカリ駅のロータリー周辺にはDQNがおり、ビックスクーターを乗り回しながらスマホのゲームに興じているのを源治は、一体何しょうもない事で人生を無駄に過ごし、周りに害を及ぼす馬鹿だなと横目で見ながら、『ショットガン』の扉を開ける。


「いらっしゃいませ、あぁ、源ちゃん……」


 店には仕事帰りのサラリーマンらしきワイシャツを着た客や、そんなに根は悪くなさそうな大学生や若い労働者風の男性客が数名おり、正志は対応に追われている。


「源ちゃん。来てくれたんだ」


 美希はカウンターで座っており、ビールを飲んでいる。


「正志さん、取り敢えず俺ジントニックとオムライスな」


 源治は美希の隣に座り、タバコに火をつける。


「てか美希ちゃん、学校はどうしたの?」


「もう卒業しましたよぉ〜」


 美希は短大に通っており、卒業式はつい先週だったなと源治は思い出す。


「あぁ、そっか。就職はどうするの?」


「うーん、まぁ、秘密ってことで!」


「そっかぁ……」


 源治は目の前にそっと差し出されたジントニックを喉に流し込む。


 辺りにいる客は、これから二次会だと言い、金を払い、店を出ていく。


「はぁーあ……」


 源治の頭の中には、御子柴から言われたことが頭をよぎっており、自分をレイプした鬼畜ともいえる母親と会うかどうか悩んでいるのである。


「どうしたんだい? 源ちゃん?」


 正志は自分の弟のような源治の不安材料がなんなのかと気になっている。


(この人らには、話ちまってもいいか……ただ、シャブ打たれて虐待されてたのは黙っておこう……)


 源治は、話をぼかしながら、自分は児童福祉施設に預けられてしまいそこで18才まで過ごし、実の母と会うべきか会わないかと正志達に相談を持ちかける。


 正志は、うーんと煙草を吸い、考える事数分して、口を開く。


「実の親だろう? 一度会った方がいいんじゃないか? 世の中で一人だけしかいないんだろ?」


「ええ、そうなんですけどね……うーん、会うか……」


「うん、それがいいね」


 正志はニヤリと笑い、煙草を灰皿に揉み消す。


「源治さん、孤児だったんですね……」


 美希は源治をきょとんとした表情で見やる。


「あぁ、話してなかったか……俺は親がいないんだよ」


「そうですか……」


「なぁ、源ちゃんの地元ってQ町だったな? ひょっとして、ミコ児童園出身か?」


 正志は源治に尋ねる。


「ええ、よくご存じで……」


「実は俺、そこ出身なんだよ!」


「えぇ!? てっきり、家族がいるのかと……」


「いや俺、赤ちゃんポストに捨てられたんだよ。だから、親とかの繋がりは全く知らないんだ……。だから、親にあった方がいいんじゃないか? いや、会った方がいいよ!」


「えぇ……そうします」


「よし、決まりだ。ダーツでもやろうか。てか、翔ちゃんはいないんだね」


「あぁ、アイツは、SNSのオフ会に行くとかなんかで今日はいないんすよ」


 翔太はネットでも女を漁っているのである。


「ダーツでブルを取りやすい方法を教えてやるよ、可愛い後輩のために」


 正志は厨房の奥に消えて、直ぐに大盛りのオムライスを持ち、源治の目の前に置く。


「正志さん、いやこれって……」


 源治が頼んだのは普通盛りのオムライスである。


「いや、いいって事よ。後輩のために今日は特別なサービスだよ。これ食べ終えたらダーツを教えてやるよ」


「あ、あぁ……ありがとうございます、頂きます」


 源治はスプーンでオムライスをすくい、口に運ぶ。


 美希は、男同士の繋がりがいまいちよくわからず、きょとんとした表情で源治と正志を見ている。


 その日、源治が食べたオムライスは、いつもより遥かに、有名店のシェフが作るものとは比べものにならない程に、美味しく感じられた。

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