第6話 ナンパ

 源治は御子柴に覚醒剤治療プログラムをやっている施設を案内してもらい、また何かあったら話をしようと別れた後、深い絶望に襲われながら、更生施設への見学に行った帰りで夕闇の帳が降りている時間だったのにも関わらず全く食事する気にはなれず、アカツキ町に戻った。


(あーあ、映画のようによぉ、真面目で人格者の親ってわけにはいかねーんだな……)


 かつて昔、自分を捨てた親はなにかしらの事情があり自分を施設に預けて、いつか迎えに来るんだという、お涙頂戴の三文映画のような結末を想像していたのだが、一度やったら最後、元には戻れない覚醒剤を注射されたんだな、もう一生この呪縛からは逃れられやしないんだなと源治は深いため息をつき、気でも紛らわせようといつも通っている、一回3000円のピンクサロンに行こうと裏路地を入る。


「ねぇ、いいじゃんさぁ! これから、カラオケ行くべ! なぁ!」


「優しくするからさあ!」


「いや、やめてください!」


(……!?)


 源治の目の前には、今風のストリートコーデに身を包んだ、自分と同年代の男性2人組が、美希をナンパしているのが視界に飛び込んでくるのだが、周りは誰も止めようとはしない。


(ありゃぁ、美希ちゃんか……でもまぁ、俺には何も関係は無……)


「いい胸してんじゃん、何カップ?」


 トレッドヘアーの仲間の一人は、美希の若干大きめな胸をゴツい指輪だらけの指で触る。


「嫌っ……! ちょっと……!」


 自分が惚れている女にみだらな事をするのを見て、源治の中で何かが弾け飛んだ音がする。


「やめろや!」


「何だお前!?」


 トレッドヘアーの隣にいる茶髪の男は地面に唾を吐き捨て、源治の胸ぐらを掴む。


「おらあっ!」


 源治はその男の急所を思い切り蹴り上げ、ううっ、と倒れ込んだところに膝蹴りをお見舞いする。


「何しやがんだお前!」


 トレッドヘアーの男は源治に殴りかかろうとするのだが、それよりも一瞬先に源治の拳が顔面を捉え、頭突きをお見舞いする。


 この喧騒にゾロゾロと人が集まってきて、流石に警察を呼ばれたらまずいなと思った源治は地面に頭を押さえて蹲ってる彼らから離れようと、ボーッと唖然と立っている美希の腕を掴み、街の中に消えた。


 ****

 源治達は息を切らし、某大手ファーストフード店へ入り、飲み物をオーダーする。


「ここまで来れば安心だな……」


「え、ええ……」


 美希は先程の源治の暴れように恐怖を感じながらも、助けてくれた嬉しさが優っており、感謝の気持ちで源治を見つめている。


 源治は照れ臭そうに、美希に尋ねる。


「さっき何でナンパされてたんだ?」


「いえ、その……今日暑かったじゃないですか、アウターを脱いで羽織っていたらナンパされたんですよ」


「!? それ、まずいじゃん!」


「これやっぱ、まずいですかね?」


 暗くてよくわからなかったのだが、美希は露出度の高い服を着ており、その服ときたらド派手な赤色でただでさえFカップもある胸の谷間を強調し、ヘソが見えているのである。


「当たり前だ! それじゃあ、ナンパしてくれって言っているようなもんだろ……」


「いや、ちょっと今日暑くて……」


「駄目だろそれは……」


「正志さんが、接客する時に地味な服装ではなくて、ちょっとおしゃれしてきてねって言われてたので、これならばいいかなって……」


「駄目だそりゃ」


 源治は深いため息をつき、コーラを口に運ぶ。


「てか、今日はバイトなのか?」


「いえね、休みなんですよ。なので街をぶらついてて……」


「君な、少し街歩く時の服装を考えた方がいいぞ。またナンパされるぞ……」


「そうですか……」


 美希はため息をつき、スマホを取り出す。


(この子俺と同じ歳なのに何故こうあけっぴろげなんだろうな……んん?)


 源治はふと視線を外にずらすと、プチプラコーデにお誂え向きのファッションショップがあるのに気がつく。


「なぁ、あの店で買い物をしないか? 流石にそんな格好ではまずいからな……」


「そうですね、行きましょう……」


 美希は源治が指差した店に興味を示しており、スマホをポケットにしまおうとする。


「なぁ、あのさ……」


「?」


(これは言ってはいけない、出禁になる、だが、言わないと……)


「LINE交換しないか? 嫌じゃなかったら……」


 源治は勇気を振り絞り、美希に懇願する。


 美希はにこりと笑い、スマホを操作する。


(駄目だったか……)


「いいですよ、交換しましょう」


「え……いいの!?」


「いいですよ。ただ、周りには内緒にしましょう、正志さんにバレたら説教されるし、翔太さんにバレるとなんか面倒臭い事になるし……」


「ああ、あいつにバレると面倒くさそうだからな、飲もうとかばっかで」


「ハハ、そうですよね! 源治さんのLINE教えてくださいね!」


 美希は翔太の人間性を知っており、大きな口を開けて笑う。


「あぁ、いいよ」


 源治は初恋の人と初めてデートをするかのような、胸をドキドキさせながらスマホを取り出してLINEを起動させる。


 ****

 人間は良い事があると、悪い事はそんなに気にしなくなるという。


 源治にとって良い事は、いつも出かけるパチスロ店で幾ら儲けたとか、馴染みの風俗店で良い女が来たとか、毎日のしょうもない楽しみを超越する、美希と仲良くする事であり、昼間の衝撃的な過去の事実が犬の糞を踏んだ位のダメージになっている。


 アパートの自室で、源治は美希と一緒に店で購入した、一枚2000円程度の青のストライプ模様の半袖のシャツをタンスにしまい、つい先程の事を思い出している。


(美希ちゃんと、LINE交換をしたんだな……)


 源治にとって、女友達ができるのは高校生の時以来であり、前の職場でも女性はいたのだが、皆んなが性格の悪いヤンキー上がりばかりで、嫌気が差していたのである。


 シャワーを浴びようと、服を脱ぎ捨てていると、背中に悪寒が走り、つい後ろを振り返ると、そこには、傷だらけの3歳児の頃の源治が、全裸で立っている。


「ひえっ!?」


『助けて……!』


 幼少期の源治は、そう言うと、体が透けていき、数秒のちに消えた。


「!??」


 源治は目を擦るが、そこにはカーテンが半開きのベランダしか映っていない。


『ストレスがかかると、昔の後遺症で幻覚が見えるだろう……』


 御子柴との別れ際に言われた言葉が、いつまでも源治の耳にこだました。

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