第4話 催眠術

 源治が住むアカツキ街から電車で4駅離れた場所にQ街は存在する。


 町の規模はアカツキ街よりも狭く、人口は少子高齢化の余波で若者の数は多く無く、高齢者がどちらかと言えば多く、一応大手スーパーやコンビニ、パチスロ店はあるのだが全体的に閑散としており、そんな寂れた街に源治は学生時代青春を謳歌して過ごした。


 駅前のコンビニに源治はおり、引っ越す前からいる、ぶつぶつ何かを呟きながら漫画本を立ち読みする、分厚い眼鏡をかけて腰まで伸びた髪を三つ編みにし、多分洗っていないであろう、薄汚れたピンク色のジャージを着た、異常とも思える挙動の中年女性を尻目に、コーヒーを飲みながら煙草を吸っている。


(こんな糞のような街に、またきちまったか……しかし、何の用事なんだろう? 先生元気にしてるのかなぁ……?)


 スマホにバイブを感じ、源治はスマホを取り出すと、そこには翔太からのLINEが入っている。


『乙。また来週ショットガンに行って、あの子口説こうぜ!』


 どうしょうもない馬鹿だなと源治はため息をつき、LINEで『アホか』と返信を送る。


(口説こうぜったってなぁ、俺らじゃ無理なんだろうがなぁ……どうせあんなに美人な女の子、俺らのような無頼漢に近寄ってこないってのは目に見えてわかるからな。あーあ、彼女が欲しいぜ……ん?)


 源治の目の前に、初老の老人が手を振りながらテクテクと歩いてくる。


「御子柴先生!」


「源治!」


 それが、御子柴信雄と五十嵐源治との3年ぶりの再会であった――


 ****


 源治には3歳までの記憶がない。


 一番古く覚えている記憶では、椅子に触らされて、御子柴と何かを話しているものであり、自分の親はおろか、何故ここに預けられているのかすら明確な理由が分からないのである。


 Q駅からバスで15分程の距離にある、『ミコ児童園』に、御子柴と源治はおり、客室用の部屋で煙草を吸って談話している。


「お前、かなり苦労したんだな……てか、俺に一声かけてくれてもよかったんだがな……」


「いえ、ご迷惑をおかけしたくなかったので……で、お話というのは……?」


「それはな……お前にどうしても話さなければならないことがある、親御さんの事だ……」


「え……?」


 親という言葉を聞き、長年欠落している記憶がどうなっているのか、源治は気になり身を乗り出す。


 御子柴は、相当な覚悟をしているのか、深刻な表情で煙草を吸い終えて、口を開く。


「お前は子供の頃、親御さんから酷い虐待を受けて、覚醒剤を打たれてた……」


「!?」


「まだお前が3歳になる頃に、親御さんがお前に覚醒剤を打ち、児童相談所に保護されていた。いろいろ話を聞くと、犬の糞を食べさせたり、胡瓜をお尻の穴に入れたり、性行為を行なっていたと、笑いながら話していた……」


「え……んな、そんな……」


 長年謎だった親の事。


 源治は、今まであった事が無い親が、まともな人間で会えなかったのは、この世からいなくなったとか、特別な事情があって会えなかったのは事実なのだが、決して子どもにはやってはいけない事を平気で行っていた事実に驚きを隠せず、呆然としている。


 御子柴は、複雑な表情を浮かべて、口を開く。


「俺がその記憶を、催眠術で封じ込めた、だがな、余りにも強力過ぎてしまい、20歳までにしか封じ込めができなかった。その記憶が、もうじきお前に襲いかかってくる。もしお前が良ければ、記憶そのものを消すことができるのだが……その代わりお前は人格そのものがまるきり別人になる……どっちがいい?」


「え……」


 源治は、御子柴のいきなりの提案に、話がよく飲み込めずに混乱しており、煙草を灰皿に落とす。


 幾分かの沈黙の後、源治は思い切ったかのようにして口を開く。


「先生、その、本当は見たくねーけど……昔の記憶を見せてくれないか?」


「……本当にいいのか?」


「ええ、何も知らないまま、ってのは……」


「分かった、ついてこい……」


 御子柴は真剣な眼差しになり、立ち上がる。


 ****


 源治はこの園に3歳の時から15年間ずっと暮らしており、建物の構造は知っているのだが、どうしても分からない部屋がある。


 その部屋は、御子柴達職員が住み込みでいる部屋の中にあり、癇癪を起こした児童をこの部屋に呼び寄せると、不思議に大人しくなるのを源治は知っている。


「お前はこの部屋は知ってるか?」


 御子柴は鍵を持ち、この部屋の先に何があるのか不安な表情を浮かべている源治に尋ねる。


「あ、いえ……」


「そうか、見せてやる」


 何があるのかと、鍵を開けた先には、心療内科の診察室のようにテーブルと椅子が置かれ、そのテーブルの上にはメトロノームが置かれている。


「……!? 普通の部屋だ!」


 源治は、この部屋の中がハプニングバーや変態バーのような変態的な道具が置かれているのかと勘ぐっていたのだが、それとは対照的に普通の部屋であり、肩透かしを食らった気分である。


「源治、これからお前の記憶を呼び覚ます。まずは椅子に座れ……」


 御子柴は、メトロノームを手に取り、対面の椅子に座る。


「え、ええ……」


 催眠術が始まるんだな、と、今まで経験したことがないものを体験するのに源治は恐怖を感じるのだが、だが、ここで断ったら自分の記憶は永久に戻らないだろうなと覚悟を決めて椅子に座る。


「では、始めるぞ……」


 御子柴はメトロノームのスイッチを入れて、規則的な音を立てる針を源治に見せる。


「これから、3秒数えたら、貴方は3歳の頃に戻ります。1.2.3……」


 源治の目の前が薄ぼんやりと景色が歪んでいく。

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