第3話 出会い

 源治の住むV県アカツキ町は町の規模は広くもなければ、かといって狭いというわけでなく、大学が4校と高校が一校、専門学校が5校ほどあり、若者が多くおり、カラオケや古着屋にゲームセンターやパチスロ店、飲食店や性風俗店が点在し、少し離れた場所に行けば工業団地があり、源製パンや、それと同じくらいの規模の工場が密接してる事で知られている。


 町の条件はかなりいいのだが、治安は悪いことで知られ、喧嘩や暴力、カツアゲに売春は日常茶飯事で警察沙汰が無い日は無く、日本で起きる事件の3割がこの町で起きる。


 若者の大半は工場勤務やフリーター、派遣社員などのブルーワーカーが多く、高校を出て進学した一部の学力が優れている優秀な人間はこの町の底辺気質が嫌で都内に逃げるように上京する者は少なからずいる。


 この町で最大規模を誇る全国チェーンのパチスロ店に、源治達はいる。


「何でぇ! あの糞台、全く出やしねぇ!」


 先程源治と一緒にパチスロ店に行くことにしたこの男、鳴海翔太は悔しそうに自販機の隣の備え付けのゴミ箱を蹴り飛ばす。


「いや、やめとけよ! 俺までパクられんだろ!?」


 源治は慌てて周囲を見回して、店員や警備員が来ていないかどうか調べている。


「でもよ、何で確変リーチ来たのによお、あそこでヘボるんだよ!? 全くついてないったらありゃしねぇ!」


「そりゃ、あれは遠隔操作かなんかされてんだろ!? 大人しく一円パチにしとけば良かったんだよ! 俺のようによ!」


「あぁ、そうすりゃ良かったのかなあ……にしても、ムカつくなここは……!」


 翔太は電子タバコを口に加えて、自販機にお金を入れて微糖の缶コーヒーを購入する。


(何でこんな奴と一緒の職場なんだろうなぁ……)


 源治はコーヒーをうまそうにすする翔太を侮蔑の視線で見て、海外製の安価なものから変えた、日本製のタバコに火をつける。


 雪が降りしきっていた、源治にとってのターニングポイントだったあの日、翔太もまたギャンブル癖と女癖の悪さがたたり、親から勘当されて、半ばヒモとなっていたキャバクラ勤務の彼女からも三下り半を突きつけられ、路頭に迷いスマホで調べた生活困窮者自立支援制度を知り市役所へと足を進めていたのであるが、たまたま近くに元カノがおり、復縁の話を持ちかけていたのである。


 源治が病室のベッドで栄養剤の投与を受けている間、市役所の人間から翔太の親の元へと連絡がいき、何度かの話し合いの末に親とまた一緒に暮らすことになった。


 もうあんなクソ野郎とはおさらばだと思った矢先、源製パンに入社する時に偶然の再会を果たし、一年近く行動を共にしている。


 彼等はいつものように、週末、仕事が終わった後にパチスロ店へと遊びに出かけ、帰りがけに喫茶店に立ち寄った。


「しかしよぉ、何だってこうさ、ロクな女がいないんだろうなぁ……」


 翔太は性根が腐りきっており、ヒモとして寄生できる女を探しているのを源治は知っており、こいつは100発ぐらい殴らないと何も変わらないんだろうなとため息をつき、ラージサイズのアイスコーヒーを口に運ぶ。


 季節は3月であり、彼等が源製パンに仕事が決まってから一年が過ぎた。


「んなよ、女なんざ腐るほどいるじゃねぇか……」


「いやさ、俺らもう20歳だろ!? もう少年から青年になっちまったじゃねぇか! やばいだろ!?」


「何がこうやばいんだよ!? そんな事よりもよ、資格を取るとかしねぇのか!? 年がら年中女とパチスロばかりだろお前!」


「あぁ!? 文化的でいいだろ!? それともお前童貞か!? キャバクラに誘ってもこないしよ!」


「何だとテメェ!」


 源治は翔太の頭にコーヒーを浴びせかける。


「何しやがんだおら!」


 翔太は源治の頬を思い切り殴り飛ばす。


「テメェ!」


 源治は翔太に得意の頭突きをお見舞いする。


「この野郎!」


 翔太はフラフラと頭を抑えて立ち上がり、椅子を掴む。


 店員達が周りの客の告げ口に、不穏な表情を浮かべながら近寄ってくるのが源治の目に入り、慌てて源治は「逃げるぞ」と翔太に言い、彼等は急いでその場を後にした。


 ****


 アカツキ駅近くの商店街には、居酒屋やキャバクラにピンサロ等の男性をターゲットにした夜の店が立ち並んでいる通りがあり、ネオンの光に誘われて鼻の下を伸ばしてこのあたりに来る客は少なくはない。


「お前のせいであの店出禁になっちまったじゃねぇか!」


 翔太は日頃の運動不足か、それとも煙草の吸い過ぎなのか肩で息をぜいぜいと切らしており、電柱に寄りかかっている。


「いや、お前のせいだろう!? てかよ、それよりかどうするこれから?」


 源治もまた、翔太と同じように、額に汗をかき、ゼイゼイと息を切らして、タバコに火をつける。


「正志さんの店に行くか。もうこんな遅い時間だし」


「そうだな、てかよ、お前金あんのかよ?」


「いやよ、パチスロとこれとは別だからよ」


 彼等はフラフラと、ネオンの光の下、際どい格好をしたキャバクラ嬢の客引きの誘いを跳ね除けて正志さんの店という場所に向かって歩き出す。


 商店街では、源治達と同年代の若者が、スマホを片手にYouTubeで撮影をしたり、大音量で音楽を流しており、源治は彼等への、うざったいんだよお前らといった具合の怒りを感じながらも、今は何かあるとすぐに動画に流されるから喧嘩を売るのはやめておこうと思い、煙草を口に加えながら、とある店の前に着く。


『ダーツバー ショットガン』


 そう書かれた看板を見て、彼等は自分の安息の場所についたんだなという安堵を覚えながら、木製の扉を開ける。


「やぁ、いらっしゃい」


 店内には、時間帯がまだ19時で早い為か客がおらず、スポーツ新聞を読みながら一服している、オールバックに黒のシャツを着た30歳前半の若者がこの街にとって迷惑以外の何者でもない彼等を快く出迎えてくれる。


「正志さん、俺ジントニックね」


 源治はカウンターに座り、タバコに火をつける。


「俺はビールね」


 翔太も源治の隣に座り、部屋に置かれているダーツを興味を持ちながら見ている。


「あいよ、ちょっと待っててね」


 正志と呼ばれているその若い男は、厨房へと消えていく。


 ――ダーツバー『ショットガン』は、つい去年、丁度源治達が仕事が決まった直後にオープンしたバーであり、店主の敦賀正志は親はいなかったのだが、児童福祉施設を出て、都内にあるバーで勤めたことをきっかけに、店を持ちたいという野望が芽生え、高収入が見込める治験アルバイトや土建業を転々として長年の夢であったバーをオープンさせたのであった。


 料理の味はそれなりに上手く、長年の下積み生活の合間を縫って調理師免許をちゃっかりと取得しており、インスタグラムに載せる客も出始め、それなりに繁盛し始めているのである。


 源治達は一年前の今頃、厳しい冬が過ぎて暖かな春が近くなってきたある日、たまたま珍しく彼等がパチスロで大勝ちし、閉店までいて、帰りに何を食べようかと街をぶらついていた矢先にこの店を知り、その日からこの店の常連と化した。


「ダーツ持ってくりゃよかったな!」


 翔太はダーツ遊具を見て、マイダーツを持ってくればよかった事を軽く後悔している。


 この店は広さは普通の店程度で、ダーツバーであり、ダーツをしに来る客はよくいる。


「ダーツなんざどこが楽しいんだかなぁ……」


 源治はダーツは翔太ほど強くは無く、いや興味はあったのだが、遊ぶ余裕が無くて、腕を磨く時間が無かったのだが、金に余裕が出始めてきており、本格的にマイダーツを買ってやろうかどうか迷っているのである。


「あぁ、お前ヘタッピだからな! 一ゲームで10点しか取れないなんてやつ、初めて聞くわ!」


 翔太はがはは、と笑い煙草に火を付ける。


 厨房の奥からは、話し声が聞こえ、誰か新しいバイトが入ってきたのかな、と源治は感じる。


「ビールとジントニックですね、お待たせしました」


 そこには、茶髪のボブカットで鼻筋が通っており、身長がモデルのようにすらりと高く、美女の領域に達している、女盛り、源治と同じくらいの年齢の女性がいる。


「あ……うわ、熱い!」


 翔太は口に加えている煙草を、手に落としてしまい慌てて灰を払い退ける。


 源治はその女の子を見て、初恋の時に感じた胸の高鳴りを感じている。


「あぁ、紹介するわ、新しく入ったバイトの美希だ、挨拶して」


 正志はにこりと笑い、美希と呼ばれる少女に客商売の見本である挨拶をするようにと促す。


「美希です。今日からバイトで入りました」


「……!」


 源治の頭の中に、南国に行き現地の人々がトロピカルジュースや果物をたくさん持ってきてくれたような、開放感があって、爽快感あふれるイメージがよぎる。


「あぁ、俺翔太。こいつが源治。同じ会社に勤めてるんだよ」


「あ、あぁ……」


 翔太の一言で源治ははっと我に帰り、目の前に差し出されたビールを口に運ぶ。


 まだ子供で、女性の口説き方を知らずに、ただ目の前にいる大人になったばかりの少女の美貌に圧倒されて、普段の粗暴な言動が見られない源治達を、正志はクククと笑いを押し殺して、横目で見つめている。


 ****


 午後22時半、源治は翔太と別れ、家路に着いた。


 6畳半で1畳のロフトがあり、ジャンクショップで格安で購入した家電製品、ネットショップで購入した服と漫画本とテレビゲームのある部屋に、源治は床に座り煙草を蒸している。


(ようやくここまで普通になれたか……)


 ほんの一年前までは、ネットカフェを寝ぐらにしており、体を広げて寝ることができずに、当然のことながら疲れは取れずにいつも筋肉痛、新卒で入社した時の暮らしはどうだったのかというと、家にはワタがはみ出た布団しかなく、情報を得る手段は格安SIMのスマホだけという有様であった。


 源治は眠気を覚えたのか、だが、垢を落としてない身体で寝るのは不衛生だなと思い、欠伸をして立ち上がり、無造作に服を脱ぎ捨てて、ユニットバスの浴室へと足を進める。


 浴室は、テレビのコマーシャルで有名な、男性用のシャンプーと、ボディソープ、化粧水が置いてあり、これもまた、ネットを利用して購入したものである。


(あの子かわいかったなあ……)


 源治はシャワーの蛇口をひねり、髭は伸びてなかったかなと顎を触り、手に極端に引っかかる物を感じなかった為別にいいかなと思い、シャンプーを頭にかける。


 生暖かいお湯を浴び、体に染み付いた垢を洗い落とし、浴槽に水を貯めて、源治は少しうとうとしている。


(あの子かわいかったなあ……美希ちゃん、か……かわいい……やりてぇな、でも、俺のような、高卒の人間は振り向きはしないだろう、何せ、有名な短大に通ってるんだからなぁ……)


 美希はこの町で一番有名なS国立短期大学に通っており、来月に就職する為、一時的なアルバイトだと言っていた。


 源治は、高校2年生の時に一度だけ付き合った彼女がいたのだが、私真面目な人がいいと、付き合って半年で振られて以来、3年以上彼女はおらず、童貞は一度喪失したのだが、軽く中に入れただけで射精はしておらず、性的な快感を初めて感じたのは、18歳の時、初任給でソープランドに行った時である。


(やりたい、でも俺ではダメだ、俺のような、底辺高校しか出てなくて底辺の仕事にしかついてないやつよりも、あの子は有名大学を出たエリートじゃないと、ダメなんだ……!)


 カチカチになった愚息を手で触り、どろっとしたものが出てくるのを源治は感じ、こりゃ掃除が大変になるなと軽く後悔し、浴槽の水を抜く。


 ****


 ボロボロになったカーテンには、褐色がかった白のシミが淡々とついており、タバコのヤニで黄色く繁殖した壁にはゴキブリが縦横無尽に散歩し、床にはコンビニの弁当の食べかすが所々に置かれている。


(ここはまた、あの時の夢なのか……?)


 源治は、到底人が住むところではない場所に、一糸まぐわぬ姿で立っていることに気がつき、体を動かそうにも動くことができないし、声をあげようにも上げれない状況に酷い恐怖を感じる。


「あ、いい! ねぇ、もっとやってよ……!」


 やや低音がかった嬌声が近くから聞こえ、周りを見やると、ピンク色の髪の色をした、20代前半のふくよかな女性が、モヒカンの男と性行為に耽っており、何事だこれはと源治は慌てて逃げようとするのだが、体が動かないのである。


「ひひひ、いいだろ!? 気持ちいい薬だろこれ!? 純正品だ……!」


 モヒカンの男は、自分の愚息に何か液体のようなものを塗っている。


「あら、ねぇ……」


 ピンク色の髪の女性は、淫靡な表情を浮かべて、源治の方を見やる。


 目つきはすでに淫売そのものであり、この女、俺を犯そうとしているのかと、源治は本能めいた恐怖を感じているのだが、声を出して助けを求めようにも声が出ず、体が動かない状態である。


「何? こいつもやりたいのか?」


「そうねぇ、しちゃおうよ……3Pさぁ……」


「いいねぇ……」


 男は袋から液体状のものを取り出す。


 女は、源治の方へと足を進め、安全ピンが刺さっている乳首を軽くつねり、ゴミだらけの床に源治を押し倒す。


 ――お母さん、やめて。


 ****


 「はっ」


 スマホのバイブの音で、源治は目が覚める。


 周りを慌てて見回すと、そこは先程見た不衛生極まる場所で淫乱の男女はおらず、家電製品と漫画本が置かれた自分の部屋が薄暗い朝日に照らされているのである。


(一体何だってんだ、さっきの場所は……何だ、あのやばい男女は……てか、誰なんだろう?)


 源治は誰なんだろうなと、さっきから鳴り続いているスマホを手に取り液晶を見やると、そこには御子柴と書かれている着信主があり、慌てて電話をとる。


「はい……」


「源治、久しぶりだな、元気か……?」


 電話口からは、初老とも取られる低音の男の声が聞こえており、源治は思わず正座をする。


「お久しぶりです、何かあったんすか?」


 源治はこの、御子柴という男が滅多なことでは電話しないと知っており、何か重大な事があったのかと底知れぬ不安に駆られる。


「確かお前もう、二十歳になったよな?」


「ええ、昨日でもう二十歳になりましたが……?」


「お前に話したいことがある、今日これから時間取れないか?」


「あぁ、いいすよ」


「14時にQ駅に来れないか?」


「ええ、いいですよ」


「ありがとう、着いたら電話くれ」


「はい」


 御子柴という男からの電話はそこで切れ、何事なんだろうな、まだ7時半なんだから寝てようかなと源治は再び横になるが、目が冴えてしまい、仕方なく、家事をやろうと服を着替えようと立ち上がる。


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